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生を輝かせるもの

♪ 月がとっても青いから
遠回りして帰ろう
あのすずかけの並木路は
想い出の小径よ
腕を優しく組み合って
二人っきりでサ、帰ろう ♪

菅原都々子の人気曲を80代~100歳代の特老入居者たちと歌う。
おばあちゃん達の青春の思い出がよみがえるのだろう、
うつろな表情が私が拍子を取って歌い始めると、みるみるうちに
生気が戻り皆が一緒に歌いだす。何とも言えない笑顔になる。

音楽は人生の終末期までその人の心を癒し
生きる糧となる。

孤独な毎日に、できるだけ他人に触れられ、その手の温かさを
感じてほしいものだ。
私が心掛けてきたことは、多忙であっても時間を見つけては各自の肩に
触れ、同じ目線で会話をし、親密な関係性を保つことだ。
人生の先輩として敬うことを忘れずに。
誰だって物忘れや体の不調などでてくるもの。
だからと言ってそのひとが別の人になるわけではない。
現代人よりよほど自分の夢をあきらめ、精一杯家族のため、ひいては国の
ために頑張ってきた人たちなのだ。

真紀子さんという元気でおしゃべりな入居者様がいた。
周囲の方達と良好な関係を持ち、おだやかな日々を過ごされていた。そんなある日のこと、唐突に他の居住棟への移動を宣告されてしまった。施設の
介護上の都合である。同じ施設内でありながら、自由に行き来は叶わないから、親しいメンバー達と今生の別れのように嘆き悲しんでいる。

それから数日経って
いよいよ転居の日が来てしまう。涙にくれる真紀子さんの車イスを押し
ながら、謝罪したり、慰めたりするうちに、つい、もらい泣きをしてしまう。
別棟に着き、引き継ぎを終えてから彼女の個室に荷物を整理し終えても
彼女の落胆は激しくとうてい去り難かった。
が、仕事が押しているのもあり
翌日の訪問の約束をしてようやく退室した。

次の日。朝からどんな想いで過ごしているのか心配で、寸暇を見て
部屋を訪問した。

真紀子さんはベッドで起き上がっていた。
私を見ると笑顔で招き入れた。
「元気そうね、よかった!ホッとした!」
「美幸ちゃん、私ね、恋をしてるの!!」
頬を赤らめてそんな大事なことを第一声で打ち明ける!
「えっ❗️どういうこと?」
目を白黒してまったく飲み込めずにいると、
そこへその棟の介護リーダーの翔君が顔を出した。
「彼。かっこいいでしょ、ステキでしょ!」
とささやく。

翔君、30代後半。スラっと背が高く8頭身。モデル顔負けのイケメン
である。その上おだやかな笑顔を見せて頼りがいがある。
顔もいいが引き締まった長い足をついホレボレと観てしまう。
なぜこんな地味な職場にいるのか不思議なほどだ。
真紀子さんはもはや恋する乙女の表情でうっとりし、
なぜか急に具合が悪くなったらしく彼に甘え始めた。
もはや2人の世界なのでソッと退室する。

昨日の嘆きはいったいなんだったのだ!
戻る道すがら吹き出してしまった。
完全に元の仲間は忘れたようだ。それでいい。

恋は生きるエネルギー。
人を好きになると全てが変わる。自分を客観視し始め、
身なりを整え、身体の奥にスイッチが入ったかのように生気がみなぎり、
若返る。
それが片想いであろうと、幾つであろうと変わらない。
生あるかぎり、男であり、女であり続ける。
人は深化を止めない。
出会う人で、新しい場所で、その人が歩みを止めない限り。

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