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完璧ではない、しかし十分である

この言葉は私が尊敬し、今学びを教えてくれている岡さやかさんが教えてくれた言葉で、最近いつも頭の片隅にある大切で大好きなことなです。

前回の投稿から一ヶ月も相手しまいましたが、この一ヶ月間のことを綴っていきます。アーユルヴェーダをベースにした生活を初め、本当に毎日が真新しく新鮮なことばかりで楽しかったのですが、慣れてきたのと、思うように自分を整えることができないことから少し疲れてしまった時がありました。まだまだ知識不足、経験不足なことから自分を整えていると思っていなものが逆にみ出してしまうことにつながっていたり、自分はまだ何も発信できていなくて、毎日のように他のスクール生がSNSでとてもわかりやすく発信している投稿をみては焦って落ち込んで、整わない自分をみては落ち込んで。

でも、それは自分を毎日細かく観察しているからわかることでもあり、以前までは落ち込むととことん落ち込んで自分でその場に止まっていたいかのように永遠に落ち込んでは時間を無駄にしてしまうような人間でしたが、今は落ち込んでもすぐに気持ちを切り替えてこれがダメだったのかも!じゃあこうしてみよう!だったり、人は人、自分は自分。目の前のことを少しずつやって行こう!と思えるようになりました。これは私の中でとても大きな成長で、少し慣れてくるとダメな部分にばかり目がいってしまっていたけど、アーユルヴェーダを取り入れてからの自分は以前の自分が知ったらひっくり返るくらい変化していて成長していてきらきらしている自分だということを忘れてしまっていました。

まだまだ不十分な自分かもしれないけど、今の自分にできることを行動に写してみよう!

”完璧ではないけど、十分だ”

そう思えるようになった時、私がアーユルヴェーダを学んでいるMOTHERオンラインスタジオでの一周年記念イベントで、スクール生としてアーユルヴェーダを学び変化したことについて発表するチャンスがあり、少し迷いはあったものを手をあげることを決めました。できるはずもないと思っていたし、途中でやっぱりやめますって言おうかななんて思ってしまった時もあったけど本当にやってよかったと思うし、何より自分が発表したことで周りの人がくれた反応がとても嬉しく、発信することの楽しさや大切さをしりました。人にシェアしてそれに共感してくれたり、よかったと褒めてくれたりそれが何より自分の活力になるなと感じられた経験でした。

それをきっかけに今までは自分から話したことがなかったアーユルヴェーダの話を義両親などに話すととても興味を抱いてくれ、舌みがきを購入してくれたり、勇気を持ってインスタでも発信してみたところ興味を持ってくれる人が多いことに驚き、自分がなぜか恥ずかしく思って発信できていなかっただけでみてくれる人がいるんだ!ということがわかり、アウトプットしていくことの大切さをしりました。

そして。以前から乳がんで闘病中だった知り合いの方の奥さんが、今朝亡くなったと連絡がありました。私と歳は2つしか変わりません。癌が見つかったのもそんなに前のことではなかったと思います。まだ若かったから進行がとても早かったんだと思います。それを聞いてからより一層私はアーユルヴェーダを学んで、広めて、少しでも周りの人たちが自分の身体に意識を向け、健康に長生きしてもらえるような知恵を提供できるような人間になりたいと強く思いました。病気にならない身体作りをしていくこと。健康は底辺。まだまだ学びが自分のものになっていないし、もうわからない〜てなってしまうこともあると思いますが、人の役に立つことが自分自身の幸福に繋がるということをヨガインストラクターとしてレッスンをする中で、お客様の身体の変化を間近でみれたり、気持ちよかった!身体が軽い!という言葉をいただいたりして実感しています。

ヨガもアーユルヴェーダもどちらも大好きで今の私にとって本当になくてはならないものです。この素晴らしさを一人でも多くの人に知ってもらえるように活動していきたいです。

言いたいことがまとまらず、文章力もないので何が言いたいかわからなくなってしまいましたが、よくなったり、ダメになったりを繰り返しながら、それでも自分のことを観察しつずけることで一歩ずつ、少しずつ前進している自分がいます。何歩か下がってしまう時ももちろんありますが後ろは振り返らず、ただ前だけをみて進み続けようとすることが大切なんだということを実感した一ヶ月でした。スクールも残りあと1ヶ月ちょい。今の自分にできることを最大限に。やらなければ何も始まらない!

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