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病室の中で青春<前編>~中学生活初めて夏休みは大ピンチ!~

中学一年生の夏休み。
私は某市の大学病院に入院していた。
持病の検査入院なので、体は元気だが精神的には元気ではなかった。

それは、この病院が家から一時間以上も離れていて、両親が早々にお見舞いに来られないことだ。
しかも夏の時期の農家は忙しく、余計に時間がないわけで。
おまけに、当初、「一週間くらいの入院」が「一か月かなー」と担当医に言われ、愕然としていた。

一カ月も家族と離れ離れで不安しかなかったが、それは最初のうちだけ。私がいたのは四人部屋で、一週間もすれば年齢の近い女の子たちと仲良くなった。

特に隣のベッドのマイちゃん(仮名)とは同じ13歳ということもあり、よく話すようになった。

それと同時にマイちゃんの担当医のアラシヤマ先生(仮名)ともよく話すようになったのだ。

アラシヤマ先生は男性で、年齢はパッと見で30歳くらい。いわゆるイケメンという見た目ではないものの、やさしそうな雰囲気。さらに気さくに話しかけてくれて、冗談も言うようなおもしろい先生だった。

マイちゃんの診察の時にアラシヤマ先生と私の三人で話す、ということが日課になっていく。先生は特に用事がなくても病室に寄ってマイちゃんの様子見しながら、私たちと話をして帰っていくような人だった。

先生は私にもとても気さくに、というか冗談を言い合えるくらいに話せるようになり、一か月の入院という寂しさなど吹き飛んでいったのだ。

怖い話と言われて「恐怖の味噌汁」を先生に聞かされたときは笑った。

検査(特に血液検査や針をつかう検査)がなければ、入院も悪くないなあとすら思うようになったのだ。
注射大嫌いガチ勢の私が、こんなことを思うだなんて今でも信じられない。
それと同時に、私の毎日の楽しみはアラシヤマ先生と話すこと、になっていった。

マイちゃんとはどんどん仲良くなり、看護師さんたちや他の病室の子のお母さんとも話すようになって、私なりに入院中の交流を深めていったからこそ寂しくなかったという理由も大きい。

だけど、私の中には入院前と入院後では何か決定的な違いがあった。しかし、その違いがなかなかわからなかった。

長期入院だったので一週間に一度、外泊として一泊二日で家に帰ることができるのだが、その外泊の最中に喫茶店でモーニングを食べていると、母がこう言った。

「そろそろ退院の時期が近づいてきたね」

その時は、8月半ばで、私の退院は8月末頃だったと思う。

確かに、退院の日は近づいていた。
しかし、その時の母の言葉に、私はこう思ったのだ。

退院したくない。

なんとおかしな気持ちだろうか。

私は「退院したくない」という気持ちの正体がわからず、モヤモヤした。なぜこんな気持ちになるんだろう。

モーニングの後で、母と祖母の実家に寄る予定があり、青々とした山とみかん畑を眺めながら浮かぶのは、この入院で仲良くなったマイちゃんや看護師さんの顔だった。

うん、きっとあの病院で仲良くなれた人が多いから寂しいだけだ。そう結論を下してみても、なんだかしっくりこない。

そして、外泊を終えて病室に戻り、教授回診の準備(漫画などを隠す)をしていると、アラシヤマ先生が病室に入ってきた。

そこで「退院したくない」の答えが突然、出たのだ。


長くなったので、後編に続きます。


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