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病室の中で青春<後編> ~わらびもちは恋の味?!~

前編はこちらです。


ああ、私はアラシヤマ先生が好きなんだ。そう気づいてしまった。

自分の恋心に気づいてしまえば、やはり意識してしまう。13歳だし。乙女だし。

それでも私は、先生が独身で彼女はないという情報をゲットし、浮かれていた。

先生が独身で彼女がいないのであれば、私が彼女になれるのかと言えば、可能性はほぼ0に近いのだが。でも、既婚者だったり彼女がいたりするよりも可能性はまだあるだろうと思えた。前向きである。

退院の日は、すごく寂しかった。なんだか泣きそうで……これに関してはアラシヤマ先生だけが理由ではなく、色々な人にお世話になったし、マイちゃんはまだ入院中だし、ここから離れたらもう会えないじゃないかと思った。だって家からめっちゃ遠いし。

夏休みが明け、私は通常通り学校に戻り、何事もなかったかのように授業を受けた。ただ、私は退院後から、ひたすらノートの隅に落書きをするようになったのだ。

アラシヤマ先生と、どうやったら会えるのか。
しばらく外来で通院することになるものの、アラシヤマ先生は担当医ではない。じゃあ、病院に一人で行くしかない。あそこまでは電車とバスで……。

そんなことばかりを考えていたある日。

マイちゃんが退院したので、家に遊びにおいでよと誘われた。私は喜んで行くことにした。マイちゃんの家に行くためには、病院のある駅を経由しなければならない。つまり、病院のある駅が中間地点である。

どういう流れかは忘れてしまったが、その時にマイちゃんと、さらにアラシヤマ先生にも会えることになった。

退院から1,2カ月後だったので、私のアラシヤマ先生に会いたいという願いは案外早めに叶ったのだ。

アラシヤマ先生が駅まで私とマイちゃんを車で迎えにきてくれて、そのまま喫茶店に連れて行ってくれた。

車内では、私とマイちゃんはめちゃくちゃ緊張し、ワクワクしていたが、なぜか先生は口数が少なかった。運転しているから、という理由ではない気がした。この温度差が少し気になった。

先生が連れて行ってくれた喫茶店は時間帯が微妙だったせいか、ほとんどお客さんがいなかった。

静かな店内でメニューを見ていると、店主らしき若い女性が先生に親し気に話しかけてきた。そして私とマイちゃんを見て女性は言った。

「このおチビさん二人は誰?」

特に敵意を感じるような言い方ではなく、あくまで冗談めいた口調だった。しかし、おチビさんという言葉に、私もマイちゃんもカチンときてお互いに顔を合わせた。乙女なので……。

先生は「ああ、担当してる子と入院の時に隣のベッドにいた子」と説明した。どうも二人は親しそうだった。
まあ、行きつけのお店ならそういうこともあるだろうと思ったのだが。

先生は私とマイちゃんに、その女性をこう紹介したのだ。

「この人、先生の婚約者」

一瞬、先生が何を言ったのかわからなかった。

婚約者と言う言葉を理解すると同時に
「え、前に彼女いないって言ってたよね? あ、彼女はいないけど婚約者はいるってやつか? なんだそれはクイズかよ!」と喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

喫茶店から出ると、先生は私とマイちゃんを駅まで送ってくれて、それからたまたま売りに来ていたわらび餅をお土産に1パックずつ持たせてくれた。

先生は別れ際に私たちに「高校生になったらまたおいで」と言った。私はその時、「うん。そうするよ」となんとなく笑顔で答えた。でも内心では、もう会うことはないだろうなと思っていた。

先生と別れたあとは、マイちゃんの家へ向かった。今日はマイちゃんの家へお泊りだ。楽しいはずなのに、心は元気になってくれない。

駅のホームで私たちはぼんやりとベンチに座っているだけだった。ホームの喧騒がまるで別世界のように思える。

私はマイちゃんにふとこう言った。

「先生、婚約者いるんだね……」

マイちゃんは「ねー……」と力なく同意してからこう続けた。

「私、先生に婚約者いたこと、ちょっと……結構ショックだったかも」

その時、私はマイちゃんも先生を好きだったことにようやく気付いた。思い出してみれば、マイちゃんは入院中に先生に手作りのフェルト製のキーホルダーをあげたり、手作りのクッキーをあげたりしていた。

あれは担当医への恩返しとかそういうもんだと私が勝手に解釈していたが違う。好きだからだ!(気づくの遅い)

「マイちゃんも先生のこと、好きだったんだ」と私。
「うん。でも婚約者いるから失恋だね」とマイちゃん。

そうしているうちに、乗るはずの電車を逃してしまった。私とマイちゃんは、マイちゃんのお母さんに遅れるということを連絡してから、ホームで話した。

お互いに先生が好きだった、ということを知り、そして同じ日に失恋。

衝撃的な日だったが、マイちゃんと気持ちを共有できたことはうれしかった。マイちゃんがこの日、一緒にいてくれて本当に良かった、と思えた。

マイちゃんとわらびもちを食べたけれど、食べるたびに、先生とはもう会うことすらないんだろうなあと悲しくなった。

こうして、私の恋は終わりを告げたのだ。甘酸っぱい、いやわらびもち味の恋。ネーミングセンスないな、私。

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