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自分でうつわを直したら、心が整った。


朝のお風呂でひらめくことは、だいたい、好い。

6月頭、梅雨入り前。朝5時に、浴槽にもぐりながら、まっしろなまなうらの中で「そうだ、うつわを直そう」と思った。いつも風呂場にスマホを持ち込んでいる私は、その場で前から目をつけていた金継ぎセットを購入した。

金継ぎラウンジさんの「簡単金継ぎキット(スタンダード)」。

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大事にしていたお気に入りのお皿を割ってから、どれくらい経っただろう。割ったのは、たぶん、数年前。もう思い出せない。

岡山市でシェアハウス生活をしていたときに(この話、まだ書いたことがないかもしれない)、シェアメイトや同僚と一緒に遊びに行ったうつわ屋さんで、わいわい言いながら選んだ、青いうつわ。

「全て、カレーのためのうつわです」と並べられている中で、同じ意匠のものを何枚も見比べ、店内の場所を変え、向きを変え、光に翳して、お店の人ともたくさんお話をして、絶対にこの一枚、と思ってお迎えした青いうつわ。

カレーのため、カレーの映えるうつわだというのに、シェアハウスではミネストローネのためのうつわになっていた青いうつわ。

大好きなあの子が「いい色だね」と褒めてくれた、大事な、青いうつわ。

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欠けているのを見るたびに、いつもしょんぼりしていた。写真を見るだけでなんとなく泣けてしまう。欠片が残っているだけましなのかもしれない。

購入したときに「割れたり、欠けたりしたら、お店で直せますので持ってきてくださいね」と言ってもらっていたんだけど、私の現住所から岡山は、かなり気合いを入れないと足を運べない。かといって、連絡をして、うつわだけを遠くへ旅立たせるのも、なんだか悲しくてできなかった。私の県は食器づくりで世界的に有名なので、県内の良さそうなうつわの修復屋さんもたくさん調べたけど、どれもピンと来ない。

大事なものだから、自分で直せないかなあ。

でも金継ぎって、漆を乾かすのに時間が掛かるし、私のことだから待っているうちに段々面倒臭くなるんじゃないかなあ。私を信用できないなあ。ううん。


というのを何年も繰り返していたんだけど、年明けくらいに、金継ぎラウンジさんを知った。漆ではなく合成樹脂を使うので、時間も掛からないし、金継ぎ経験ゼロの素人でも難しくなさそうだ。

キットの中身はこんな感じ。説明書も、逆に心配になるくらい簡単だ。

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まずは、接着剤(ボンド)で、割れている部分をくっつける。欠けているときはエポキシパテを自分で練って、パテを塗り込むようなのだが、今回は欠片があるので、ただ接着剤を塗る。

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ボンド2種類、どこで混ぜればいいのかちょっと悩んだ。面倒だから新聞紙の上でいいやってなってしまう、私のこのものぐさぶりよ……


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どうせ削るみたいだったから、はみ出し上等で、とりあえずくっつけた。

説明書には、「マスキングテープで固定してください」と書いてあるんだけど、接着剤だけで欠片がピタッとはまってくれたので、塗るだけで伏せ置きした。欠片、取っておいてよかったなあ。割れを接着したり、パテで欠けを埋めたりしたあと、この状態で15分ほど待つ。

今週疲れすぎてて、私は寝た。15分でいいところを2時間くらい放置する。


乾いたら、接着剤をカッターで削り、サンドペーパーを水につけながら研いて、表面を滑らかにする。片手で適当にシャッターを切ったのでぶれぶれ。

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カッターで削るからいいやって大雑把に接着剤をつけたところ、削るのがけっこう難しくて、もうちょっと慎重に塗っておけばよかったと思いました。反省。サンドペーパー、同封してあるものを半分に切って使ったけど、さらにこの半分でも十分だった。

カッターで削り、サンドペーパーで研ぎ、カッターで削り、サンドペーパーで研ぐ、ということを30分くらい無心でやる。

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だいたい削り終えたところ。裏から見ると「接着してあるな~」と思うものの、表から見るぶんにはもうあんまりわかんないから、真鍮粉を塗らなくてもいいんじゃないかという気もした。好みの問題かな……


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右から、テレピン油、金(真鍮粉)、合成樹脂(工芸うるし)、銀(アルミ粉)。今回、銀は使わない。油と金と合成樹脂を混ぜて、割れの上に線を引いていく。線を引くのも難しい。でも、筆がいろいろ入っているから、自分でそろえて「やっぱりあの太さにしておけばよかった……」みたいな失敗がないの、キットのいいところだ。

この作業も30分くらいしていたかな……。引き間違えたら、綿棒にテレピン油をつけて拭うと取れる。指でこすっても取れない。油絵具を希釈するときにも使うやつだけど、おもしろいなあ。

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できた!
なんだか、青い海に金の錨が打たれたみたいになった。

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途中で寝ているので半日くらい作業していたことになる(?)けど、実際の作業時間は1時間半くらいだったかなあと思う。本物の漆を使うと、何日、何週間、と待つ必要があるので、自分でやりたいけどそこまでの根気に自信がない人にはおすすめできるかも。修復後の強度はよくわからない。説明書には「電子レンジ、食器洗い洗浄機、オーブン、直火の使用はできなくなります」と書いてある。私は、ふたたび、ミネストローネとカレーのうつわとして生かしていこうと思っている。

私は洋服も、簡単な破れとかなら繕って長く着る派なんだけど、自分で直すと「また大事に使おう」という気持ちになるね。



正直、一週間、すごく疲れていた。自分の業務が繁忙期に突入して、例年ならそれだけで手がまわらなくなる中で、今年は他の業務も請け負っているので、両手が常に塞がっている、休憩も行かない、みたいな状態で生きている。単なる業務過多なだけでなく、私の背景にはいろんなことがあって一口では語れないし、ここに書く必要もないんだけど、毎日「ねむたいのにねむれない」のがつづいてしんどかったんだ。

接着剤を塗ったら、もう、強烈に眠くなった。寝た。

起きたあとは、無心で研いて、金の線を引くうちに、心がすーっとしていく感じがして、仕上がったあとにはなんかすっきりした。

大切にしているものの声に耳を澄ませる、というのかな。思い出の詰まったうつわの欠けをきれいに修復したいと、その作業に集中することは、私自身の心に向き合っていることでもあったのかもしれない。瞑想に似ている気がする。「うつわを直す」は「心を整える」感じ。修復を写真に収めて、こうしてその過程を振り返るのも、なんか、いい。

少し割れても、新しい粧いで、私たちはまた生きていく。

大丈夫。

そうそう、お気に入りのうつわを割りたくなんてないけど、また割れてしまったら、そのときも自分で直そう。もっと生活に余裕があって、せわしなさに事が流れていかない日には、本物の漆でもやってみたいな。


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青いうつわを見ると、瀬戸内海の穏やかな水面を思い出すんだ。


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