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日々を綴る、エイミーは水底にいる

2/6 mon

春はあけぼの、夏はヨルシカ。みたいな感じだけど、冬でもいいと思うんだよね。寒空の下で聴くsuisはよい。

18時に武道館の指定席開示だった。二階席東側。アリーナじゃなかったなあというがっくり感がなかったとは言わないけど、ステージ真横とはいえそんなに悪い席ではないような気がする。スクリーンは確実に見づらいだろうけども。でもバンドだし。過去のライブ映像見てるとsuisは基本センターから動かないし。高低差がないからアリーナスタンドが必ずいい席だとは限らないし。行ってみないとわからないよね。などと、ホグワーツレガシーを買うか迷っている弟を横目に延々ぐちぐち言いながらキムチ鍋を作る。ミツカンの鍋の素を買ったけどやっぱりがっつりハングルで書いてあったチゲ鍋にすればよかった。弟には「いつものキムチぶち込むやつじゃないんだね」と言われた、ハイ、手を抜きました。

不味くはなかったものの味が薄くて、鶏肉と山芋とキノコ類をごった煮にしてちょっと和風に味付けしつつキムチぶち込むやつのほうがよかったな。今度食べたくなったらちゃんと作ろう。


2/7 tue

心底辛かったときに聴いていた音楽って特別で、いつ聴いたとしてもすぐに気持ちがあの頃へ滑り落ちてって泣けるから不思議だなあと思う。車の中でLOSERを爆音で流してやっぱり泣いた。キッチンで頽れた日より遠くまで来られたかなって解像度高くこの歌を噛みしめる瞬間もあれば、ぶわっと勢いよく私自身も含めたいろんなものへの怒りが溢れ出るときもある。生々しい感情が息づいている。遠ざかって忘れてしまうよりずっといい。

ところでKICK BACKはマジで真実しか歌ってないよねって思った。

楽して生きてたいしハッピーで埋め尽くしたいし愛をばら撒きたいしいつもなんか忘れてるしハングリー拗らせてるし止まない雨より傘くれよって感じだしあれもこれも欲しいし幸せになりたいし何もかも消し去りたいし良い子でいたいけどそれつまらないし努力が未来でなんか良い感じなのまじでKICK BACK

Twitterより

キャリアスクールと濁して書いているのは単にこのアカウントの鬱々とした人格とスクールでの前向きでいようと努力している人格が統合されて何だかふやふやしたものになってしまうのがやだなっていうだけで、日記によっては固有名詞を普通に書いている。けど、心の薄ら暗いところでは羞恥を抱いてんのかなって問うことは当たり前にある。堂々と自分を宣言するのって難しい。いつまでも家庭や社会に要請された正しさっぽいものを追い求めている気がする。それが悪いことだとは思わないけど、私ってその程度かと失望する私に嫌になるのだと思う。健全な言葉でクズすぎる自分をきれいに包めばそれらしいことはいくらでも並べ立てられる、軽薄に器用で無難にみみっちくてつまんない私よ。

まあなんでもいいよね、明日はいよいよヨルシカだし。ヨルシカがあるので私は無敵とるんるんスキップ。コロナ禍の間に東京一泊の適切な荷物量がバグってしまい何をどれだけ持っていけばいいのか弟にうざ絡みしながら悩む夜。グリフィンドールでもなくスリザリンでもなくハッフルパフでもなくレイブンクローを選択したのに杖はニワトコにする弟。適当に作ったアバターが松坂桃李に似てるって言ってる。


2/8 wed


2/9 thu

ヨルシカの余韻で目覚めた。ホテルの部屋でも延々とYouTubeでヨルシカを流していた。なんだか段々夢だったんじゃないかと思えてきたけれどカメラロールを遡ればそこには確かに昨晩武道館を出たときに現れた月の写真が映っていて、私はエイミーが水底に沈んだのを見たしふたりの上で桜がわっと散ったのを見たのだ。ロックバンドライブの概念を超えていくものを見た。日記のごちゃごちゃに埋めて書くのはもったいないので後できちんと感想を書きたい。

東京駅に荷物を置きに行く道すがら、部下の休みのスケジュールをろくに把握していない上司からのチャットで一瞬にして最悪な気分になった。最低。予定どおり渋谷スカイに行ったけれど案内スタッフにイラっとするほどテンションがだだ下がってしまい楽しみにしていた目[mé]の展示もあーあっていう気分で見た。もうほんっとうに最低すぎる。仕方がないのでスタバに入ってアールグレイブーケティーラテを頼み金原ひとみを読んでいるうちに、仕事で至らない点はあったかもしれないがたいして急用ではない話を有休中の社員に朝から投げつけてくる上司の無神経と理不尽に私は腹を立てていいのだという気持ちになった。大体私はこの二ヵ月、代わる代わるコロナやら家庭の事情やらで半月以上も不在になる先輩たちのフォローと尻拭いで散々な目に遭っていたのだから、ご褒美のこの有休を満喫していいはずなのだ。

ラテを一気飲みしてスクランブルスクエアからヒカリエへ向かって、8階のYouth Patissier SpaceでSoyonさんの「夜風」を買った。柊末紗英さんのメランコメルトとは日程が合わなくて残念だけど、Soyonさんの作るスイーツの世界が大好きなのでタイミングよく買えてよかった。好きを突き抜けて生きている人に出会えると幸せだ。「いつも見てます」「頑張ってください」しか言えないチキン野郎すぎた。でも、お菓子を渡してくれるときのSoyonさんが本当に嬉しそうで私も嬉しくて、大事に食べようと思った。思った端から美術館予約に遅れそうになりお菓子を持って走る羽目になったわけなんだけれども。(帰宅して恐る恐る開いたら無事だった。よかった。)

キャンセル拾いに成功したディオール展は服飾のインスタレーションとしては美しかったけれど、ヨルシカを浴びた私にはただただ服が並べられているだけの少々浅薄な感じがした。写真だけバシャバシャと撮った。2019年に開催された天王洲アイルでのシャネル、マドモアゼルプリヴェ展はすごく楽しかったから単純に私がディオールに関心がないだけなのかもしれない。ジョン・ガリアーノくらいしかわからず、けれどもそのガリアーノのデザインが一番好きだなと思って、つまり私程度でも知っている名前のデザイナーとはそういうことなのだということに落ち着いた。マルジェラ人気あるしな。

ていうかディオール展より常設展示がよかった。初めての東京都現代美術館は採光が美しくて今日は陽当たりもよく、静けさも柔らかで何時間でもいられそうないいところだった。東京にこんな場所があったのかという気持ちだ。駅から遠いのだけは難点だったけど。あぁ企画展、ウェンデリン・ファン・オルデンボルフのほうを観たほうがよかったのかもしれない、こちらのほうが私好みだった気がする。都美のエゴン・シーレも計画に入れておけばよかったな。体力のない自分が嫌になる。

15:40の新幹線で帰路につく。帰りにもう一度九段下へ寄って会員限定ピックもらいに行こうかなとかスクランブルスクエアでハチふるのぬいぐるみ買えばよかったなヨルシカのグッズと並べて飾ればよかったとか色々考えながら。春はあけぼの、夏はヨルシカ。けれどやっぱり冬だってヨルシカでいいじゃないかと、私の地元の、凍りつく少し前の静寂で朗々と響くsuisの声を聴きながら思った。そうして家に着いたら風呂を沸かして洗濯物を放り込んで都会の汚れを何もかも洗ってから、ドライカレーを作った。旅の終わり。エイミーは音楽を辞めて沈んでいったけど、私にはまた明日が来る。


2/10 fri

仕事が嫌すぎて一日感情が死んでいた。嫌々働きたくないと思っていたのに結局嫌々働いているのはなぜなのだろう。何のために働くかが曖昧な状態だと、共に働く人間を好きになれるかどうかが職場環境に影響を与えすぎるのかもしれない。そもそも私は人間を好きになれないのかもしれないという考えが過ぎったりする。


2/11 sat

一週間溜めていた作業を片付ける。午前中はAfterEffect勉強会、夜は仲間との集まりやコミュニティもくもく会に参加しておしゃべりして、楽しく過ごした。文章の進捗はよくない。大事に書きたいと考えると大体いつもよくないけど。


2/12 sun

ステートメント課題とエントリーシートを行ったり来たり。思いつきそうで思いつかず私というのは何て空っぽなんだろうなあとソファに寝転がりながら目を瞑る。天気がいいので走りに行こうと昨日から夢想だけは続け、実際は惰眠を貪り続け、熟考を重ねているのだと自分に言い訳をする。岡本欣也『ステートメント宣言』読了。ノウハウの本ではなくステートメントを書くにあたってのマインドの話が中心だった。いい本だったし参考にはなったけれど、全然書けるようになる気がしない。言葉って難しい。やっぱり才能がないのかもしれない。

23時半過ぎ、これでいいのかと迷いながら課題提出。次はエントリーシートだね。諦めそうな気配が濃厚になってきました。


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