【ババヤガの夜】きっと世界はそれを【読書感想文】

「ババヤガの夜」 王谷晶
お嬢さん、十八かそこらで、なんでそんなに悲しく笑う――。暴力を唯一の趣味とする新道依子は、腕を買われ暴力団会長の一人娘を護衛することに。拳の咆哮轟くシスターハードボイルド!
引用:河出書房新社(https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309029191/

 
王谷晶さんの作品を読むのは「完璧じゃない、あたしたち」に続いて二作目となります。あちらが短編集でしたので、長編を読むのは初めてです。
……と言いましたが、こちらの「ババヤガの夜」。全181ページで短め。すいすいと、のめり込むように読んでいたら、1時間程で114ページまで進んでいたので文量自体も少なめかもしれません。やや長めの短編という印象を受けました。

タイトルの「ババヤガ」とは、スラヴ神話における魔女、山姥、ブギーマンのポジションの怪異のことです。
主人公の一人である依子は、スラヴ系(おそらくロシア人)クォーター。がっちりした肉体と赤毛はこのためで、幼少から祖母に「ババヤガ」の話を聞かされて育った……というようなことが作中で語られ、タイトルはそのへんから来てるものだと分かります。


さて。
わたくし、あらすじから「腕っ節の立つ女と、ワケアリお嬢さまのランデヴー!!」を期待して読み始めたのですが、ランデヴー部分は意外と少なめでした。
二人の馴れそめから逃亡に至るまで、が物語のほとんどを占めています。
893の護衛なんですが、敵対するのはほとんど893で、その敵味方の暴力描写がたまんないですね。
喉を潰し、関節を砕き、金的で悶絶させ、血ばかりでなく涎や糞尿をその場に垂れ流すような凄惨な暴力、暴力、暴力。
キレのある拳が、膝蹴りが。
人体を破壊して、目を覆いたくなるような結果が残る。
そこまで描いているのが、心地が悪くて、気持ちがいいですね!

依子ちゃんの相方である893の令嬢、尚子ちゃんとの関係性も良しです。
尚子ちゃん最初はツンツン……というかお人形さんをやっているんですが、依子ちゃんとの関係を続けるうちに段々と、年頃の普通の女の子の一面を見せてくる。
それを依子ちゃんが「とりすました言葉も、態度も、身に付けた教養や趣味も、牙を持たない尚子の最後にして唯一の鎧なのだ。」と知りつつ、それを剥がしてしまっている自分を責めるという場面があり……。
まぁ、最の高ですよね。
美しい娘がね? 気高く取り繕ってるものがね? じんわりと、自然と、ふいに、剥がれおちてね?
まろびでた本性を、自分しか知らないとしたら。
独り占めしたくなるよね~!! 分かる~!!
それが背徳的であるほど、耐えがたく惹かれるのよね~!!!

中盤。依子ちゃんと尚子ちゃんが、急速に絆を深める出来事があります。
詳細は省きますが、護衛である依子ちゃんのピンチを、尚子ちゃんが助けるという場面です。
あれも良き……、ですね。
ナイトと姫に見立てるのであれば、姫がその権威と威厳をもってナイトの敵を追っ払う。そんなよくあるシーンかもしれません。
ですが「ババヤガの夜」の場合は、尚子ちゃんの気高さの演出ではなく、むしろ普通の女の子だと示すシーンになっているんですね。
依子ちゃんは助けられた後、尚子ちゃんの手を握りながらこう言います。
「怖かった、でしょ、あんたも」
怖くなんかないわ、と尚子ちゃんは強がって答えるんですが手はこわばっている。
肩書きは893の親分の令嬢かもしれない。
でも未成年の女の子。大人の男たちを相手にして怖くないはずがない。
そんな当たり前のことを、依子ちゃんは当たり前に分かって、まず心配してあげられる。
てぇてぇよな、って思いました。
親分の娘だもんな!当然だぜカッケェ!ってならないのが、てぇてぇよな。
この出来事をきっかけに、依子ちゃんは尚子ちゃんに敬意を払うようになり、仲をより深めることになります。
そして尚子ちゃんもまた依子ちゃんを大切な存在だと自覚していったのだと思います。この双方向性がいいですね。

後半が、逃避行とその後……って流れなんですが展開が駆け足なのが残念でした。
叙述トリックを使った大仕掛けと、ゴミカスをスカッとジャパンするところが噛み合って御屋敷を飛び出すあたりが最高潮なんですが、そこから急に熱を失っていくのを感じました。
たぶん締め切りとか、作者のカロリー切れみたいなメタ的なトコなんだと思います。
今までの物語を構築してきた文章に比べて、なんか明らかに熱量とか丁寧さが欠けてきてない?って。省略、省略、省略っていう感じで、もう明らかに物語を畳みにいってるのが分かる。
残念だなぁって思います。
以前、別の作者の本でもそういう風に感じたときがあって、作者とか商品としての事情みたいのが物語の中に見えると、ちょっと冷めちゃうんですね私。
終着点とか結末とかは嫌いじゃないし、中盤までの関係構築から脱出まではてぇてぇし熱いし好きなんですけど、この中盤から結末までのつなぎのこの~、電源ケーブル引っ張ってきてコンセントに刺す寸前で絡まってるみたいな、ここんとこ!だけがちょっと残念でした。


逃亡生活の中で、依子ちゃんが考える場面があります。
「尚子がもし殺されでもしたら、新道(依子ちゃんの名字)は残りの人生を注いで仇を取るだろう。尚子もおそらく同じことをする。(中略)その動機も感情もまた、名前はつけられない。愛ではない。愛してないから憎みもしない。憎んでないから、一緒にいられる」
二人の関係は、友愛ではないし情愛でもないし性愛でもない。深いところで繋がった何か。絆のような何か。
分かりやすい名前をつけられない、つけたくない、二人だけの何かてぇてぇもの。
世界はそれを百合と呼ぶんだぜ。

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