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#4まつりのうらで「そして ボーイミーツガール」



 「好きなんだけどね」
彼女はポンデリングを頬張りながらそう言った。くずがポロポロと膝に落ちる。
 僕たちは今、山形市の駅近くのミスタードーナツで、いわゆる別れ話というやつをしている。今までもそれは何回かあったが、全て彼女の気まぐれによるものだった。今回もそうだと踏んでいる。
 「僕のことが好きなのに、何故別れる必要があるのかわからないな。第一、昨日まで楽しく過ごしていたじゃないか」
 「それはそうなのだけど、昨日の私はもういないのよ、あなただってそうじゃない?」
それを言ったらおしまいだ、なんて言葉は僕たちの中では当たり前すぎて出てこなかった。
 彼女は風のような人で、森から生まれてきたかのように、自然とよく馴染んだ。彼女の描く絵はいつも初夏だった。
「仮に僕らが別れるとして、君は後悔しないのかい」
「まあ、多少寂しさは残るでしょうね。あのね、私あなたといると変な絵を描いてしまうのよ」
「変な絵?それは初耳だな」
「そう、なんだか人工的な、人々が今まで使い古してきたような感じになるの。きっと私は、恋をしている自分が性に合わないのよ。」
 僕はからっきし絵がだめなので、彼女が言っていることは理解できない。が、本人が言うんだから正しいのだろう。僕は彼女を初めて見た日を思い出した。山形センタービル前でバスを待つ姿が綺麗で、あれは一目惚れだったなと、今では思う。
 「そうか、まあ、近くでラーメンでも食べてから考えようよ。まだ行ってないお店があったね。赤い札幌ラーメンの店」
 「まあ、そうね。結論は急ぐ必要ないかもね。ビール飲もう」
 そこにビールがあるか知らないが、上手く逃げ道を作れたことに心底安堵した。すばやくトレーを返し、いそいそとラーメン屋に向かう彼女についていく。
 僕はまだ、彼女の絵を見ていたいから。

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