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感情の歴史をたどって、持続可能なはたらき方をかんがえてみる Vol.2

みなさん、おはようございます。こんにちは。こんばんは。華緒です。

前回は、自身のキャリアを「感情」に沿って振り返っていき、STAGE2の1社目までお話しました。

気がついた感情を放置しない

長時間労働から免れ、ずっと働きたいと思っていた(けど自分の英語力だと到底無理だと思っていた)アメリカ資本の企業へに入ることになりました。それまでの環境とは一変し、仕事は基本定時で終了(もちろん時期によっては残業する日もありましたが)、仕事も担当範囲外のことは求められない、飲み会が少ない、人間関係が薄い、など外資らしい本当に個人主義の会社でした。前の会社では飲み会の多さ、人間関係で疲れ切っていたこともあり、最低限の会話しかしないその環境がとても心地よく、リハビリには最適だったことを覚えています。

しかし、この資本主義社会の中でそんな穏やかな日々が永遠に続くほど甘くはありません……。数年経つと、日本オフィスの業績が思うように上向かなくなり、Globalレベルでのてこ入れが入ります。組織も大きく変わり、業務の範囲が広がるようになりました。新しいことを覚え、チームも変わり、仕事の難易度が徐々に上がっていく……。経験したことのない業務を習得するにも教えてくれる人もいないため、一つひとつ確認しがらやる日々。そんな中、大きなプロジェクトの担当をすることになりました。

日本オフィスではやったことのないプロジェクトであったため、とにかく事前準備が大変。過去の経験を引っ張りだして進めていたものの、一人でやり切れる自信も確証もないまま、恐怖と戦いながら仕事をしていました。この時の感情は、怒りと恐怖。失敗してはいけないという思いがプレッシャーとなり、忙しさにイライラを募らせ、恐怖感を感じながら仕事をしていた記憶があります。
そうしてある程度、プロジェクトの終わりが見えたとき突然、頭をハンマーでたたかれるような頭痛に襲われる事態に。4人目のお医者さんでようやく「髄膜炎」と診断されその場で入院。強制終了となりました。

その時のことを書いたのが、下記の記事です。

一人で無理をしない、気が付いた感情を放置しない

これが私のテーマとなりました。もっと本気で怒って、誰かもう一人担当を付けてもらえばよかった。本当にできたかどうかはわからないけど、もっと怒っていたら病気にならずに済んだかもしれない。そう、私は怒りを噴火させず、マグマのようにため込み、そこに恐怖というトッピングまでつけてしまっていたんです。あのとき上司に教えてもらった「正当に怒る」オプションなんて全く習得できていなかったんだとその時になって気が付きます……。「もうここでは続けられない」私は体調がよくなったころを見計らって会社を辞めることにしました。

この時の8年間は、自分の仕事の仕方を見直すきっかけになったと同時に、20年デフレの続く日本社会で企業が生き残っていくことの難しさ、時代の厳しさをひしひしと感じた時間でもありました。自分自身の会社もそうですが、取引先の企業も厳しさも年々増していく……。この頃から私は、自分にとっての「持続可能な働き方」を模索するようになりました。

そして今、思うこと

身体を壊したことがきっかけで、現在勤める会社に転職した私。久しぶりに管理職の立場でチームを見ることになりました。現在進行形なので、ここで詳細を話すことは控えますが、ビジネスの世界がよしとする常識と自分のポリシー(原則)にずれが生じているんじゃないか? そんな風に感じています。

現在、私は「7つの習慣」を発信しています。この中の第2の習慣「終わりを思い描くことから始める」の中では「自分のMission Statement(原則/憲法)をつくろう」と言っています。そしてその原則ができると、悩まずに行動を決定できる、のだそうです。

自分の価値観から湧き出る原理原則とはどんなことだろう? 

外資系企業はとても給料がいいです。でも、私はその好待遇の中で働いていてもなぜだか幸せを感じられていないのです。お金があることは幸せの構成要因の一部ではあるけれど、すべてではない。買い物をすることにお金の制限がかからない暮らしはとても贅沢ではあるけれど、前の会社では稼いだお金を治療費として使うという、本末転倒な結果に陥ってしまったこともまた事実。この先の働き方、生き方を考えるうえで、私はこの事実も自分の教訓にしないといけないのだと思っています。

自分の原則とは?

若いころのようにただがむしゃらに働くのではなく、私はいま、自分と周囲に対して「誠実である」とはどういうことか? をずっと考えているような気がします。病気になるほどのストレスを抱えず、健康的な食事を摂り、余計なものを持たずとも、自分にも周囲にも誠実に生きていくこと。その原則に沿った働き方、生き方ができること。それこそが持続可能な働き方なんだと思います。

私はこの先、この自分の原則に従ってどんな選択をするのでしょうか? このまま腐りきるまで会社員を続けるのかもしれないし、突然会社を辞めてしまうかもしれない。どちらも自分の選択であることには変わりないけれど、自分の感情、そして原則にしたがった選択をしたい、最近は心からそう思っています。

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