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彼の噛みあと 第16話

ずっと続いて欲しかった船旅も、あと2日でおしまいというところまで来た。
こんな風にして彼と数日置きに会っていたので、最近になって祖母が何かしらを感じているような気がして、園子は隠し事をしているのがいたたまれなくなって来た。
「あの‥‥あのね、おばあちゃま」
園子は正直に祖母に話すことに決めて、夕食を済ませて部屋に戻って来た時に思い切って話を切り出した。


船に乗る直前に彼に出会ったことから話し始めて、それから何度も彼と会っていたことを正直に話した。セックスのことまでは話さなかったが、彼が借りた部屋で会っていたことを話すことで、それとなく察してもらうことにした。
そしてその彼は、最初に寄港した街で祖母が知っているような気がすると言っていたあの人だということも話した。


「‥‥そうだったの。なんとなく園子の様子が普段と違うとは思ってたの。あなた今まであんまり携帯を気にするようなタイプじゃなかったのに、船に乗ってからは随分頻繁に気にしてる様子だったから。おおかた好きな人のことでも考えてるんだろうとは思ってたんだけど、まさかその好きな人が船内にいるとは思わなかったわ」
「ごめんなさい‥‥黙ってて」
「そんなに何もかも私生活を話してもらわないでも結構だけどね。でも65歳っていうのはずいぶん上ね。あなたのママから、園子は年が離れた人にしか興味がないみたい、って聞いてはいたけど」
「ええ‥‥本当にそうなの」
「それに確かにあの彼は魅力的な感じだもんね」
祖母が彼を褒めてくれて園子は少し嬉しくなった。
「外見だけじゃなくて中身もすごく素敵なの」
「でも奥さんのいる人と付き合うっていうのは感心しないわね」
「‥‥‥」
「でもそれじゃあなた、あの街で彼らとすれ違った時は悲しい思いをしてたのね。‥‥もちろん本当に悲しい思いがするのは奥さんの方だけど」
「‥‥‥」
祖母は、それまでの人生で色々な女性を見てきたのであろう。既婚者である彼に思いを寄せている園子のことを頭ごなしに叱らない代わりに、そういう言い方をした。
「それで、東京に戻ってもまた会うつもりなのね?あなたも彼も」
「‥‥‥家も近くだってわかって‥‥」
「やれやれ」
祖母にそう言われて、園子は、また自分がしてはいけない恋をしてしまっていることが悲しくなり、目に涙が溜まってきた。
「私‥‥いけないって頭ではわかってるの‥‥。彼に奥さんがいるってわかったら、そこで立ち止まるべきだったのに‥‥どうして進んじゃったんだろう‥‥。本当はおばあちゃま達みたいな幸せな夫婦に憧れてるのに‥‥」
と言って園子がついに泣き出した。
祖母は園子の頭を抱き寄せて撫でてやった。
「それでもどうしても好きになっちゃう場合があるのよね」


こんな場合、周りが何を言っても簡単に止められるものではないとわかっている祖母は、帰ってからも園子の様子や行動を気に留めることに決めて、今はこれ以上厳しいことを言うのはやめようと思った。
「それにしても‥‥あの彼をどこで見たことがあったんだったかしら」
と呟いた。




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