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葉巻と、それを吸う愛しい人 episode-16

  マリアは久しぶりにジェシーと2人で食事をすることになった。
「マリア!会いたかったわ」
「私もよ、ジェシー!」
2人はハグをして冗談半分に大げさに再会を喜び合うと、そこから会わない間に溜まっていた話をお互いに勢いよく報告し合った。2人とも、例えば会社であった事や街中で遭遇した出来事などを、大抵は笑い話にして話すのが常なので、2人で会って話すといつも大笑いになる。中でもジェシーが先日買い物をした時のエピソードに、マリアは涙が出るほど笑った。
「そんなことってある?」
「私が聞きたかったわよ。まさかと思うじゃない」
マリアはつくづくジェシーの楽しい性格を好きだなと思った。この愛すべき彼女のことを裏切ってるかと思うと、一瞬で暗く悲しい気持ちになるので、そのことは考えないように考えないように懸命に頭から追い払っていた。
そうしている内に料理の皿も空になり、
「何か甘いものも食べたいわね」
とマリアが言うと、
「あ、じゃあこの前マリアが帰っちゃって行かなかった店に行こっか。あそこお酒だけじゃなくて甘いものも充実してるのよ」
「ちょっとちょっと。私が帰っちゃって行かなかった店、ってイヤミね」
「マリアが私達を置いてさっさと帰っちゃった後に仕方なく3人で行った店ね」
2人はまた大笑いして、その店に向かった。

 その店は確かに、適度に賑わっていながら落ち着いた感じの良い雰囲気で、酒類も甘いものも充実していた。バーのようなスペースとテーブル席がやや離れていて、バーの方は皆静かに飲んでいるようなので、マリアとジェシーは賑やかなテーブル席の方に座った。2人とも店の特製だというチョコブラウニーと赤ワインを注文し、マリアはそこにホイップクリームを追加でトッピングした。
「あなたが帰っちゃったと言えばさ、その後キースから連絡あった?」
「…ん。あったわ」
「そうだったの?!なんて?」
「…今度2人で食事に行こうって。でも断ったの…一応」
「一応?」
「なんかうまく断れなくて…。そしたら、もし僕自身のことを嫌いじゃないなら、しばらく保留っていうことにしておいて、それなら気が楽だからって」
「へーえ。なんか、あいつって好感度高いなぁ」
「……」
「それでその後はまだ連絡来てないのね?」
「ええ」

 ちょうどその時である。
その当のキースとデニスが入口から入って来たのだ。
マリアもジェシーも入り口が見える席に座っていたので、2人は同時に気づいたし、キースとデニスも同時に気づいた。4人とも驚いたが、特にキースは驚いている。
「ジェシー!?」
「デニス!?」
デニスはとても嬉しそうにこちらに向かって歩いて来た。キースもその後ろから歩いて来る。
「ジェシー!今日は会えないと思ってたのに」
と言ってジェシーにキスをした。
マリアはその様子を見て心から微笑ましく思った。ジェシーも嬉しそうにそれを受けて、
「私達って思考回路が同じなのね」
と照れたように肩をすくめて言った。デニスは2人の顔を見ながら、
「…俺たちもここに座っちゃっていいかな?」
ジェシーは一瞬マリアのことを見た。(キースがいるけどいい?)という意味だろう。でもダメというわけにもいかないし、ジェシーとデニスの仲の良さが微笑ましかったし、「もちろん」と笑顔で答えた。
するとその会話を聞いていたキースがホッとしたような顔になった。そして改めて「やあ」と笑顔でマリアの顔を見て言った。
 マリアとジェシーは向かい合って座っていたので、デニスがジェシーの隣に座り、いきおいキースがマリアの隣に座ることになった。デニスはジェシーにぴったりくっつくようにして座ったが、デニスはマリアから少し距離を取り、それでも座りながらもう一度マリアに笑いかけた。
「2人は…会うのあれ以来だよね?っていうか俺もキースに会うのあれ以来なんだけどさ」
デニスはその後の電話のことは本当に知らない様子だった。
「…電話で一度話したけどね。微妙で繊細な時期だからそっとしといてくれよ」
と、キースが笑いながら説明した。
「わお!ごめん。…えーと、じゃあ俺とジェシーは向こうのバーカウンターにでも行ってた方がいいかな?」
マリアが一瞬戸惑った顔をしたのを、幾分か事情を知っているジェシーが察して、
「まあまあ。せっかくだからとりあえず4人でお喋りしましょうよ」
と言ってくれたのでマリアはホッとした。

 4人は会うのが2度目という事もあって親しみも生まれ、また同世代特有の共有する感覚もあり、前回よりリラックスした雰囲気で会話も弾んだ。
 しかし、そんな中でもマリアはやはり、しばしばフランクのことを考えてしまっていた。こうして友人たちと楽しく話していても、それとは違う、フランクと一緒にいる時の安心感や満たされた気持ちを思い出して恋しくなってしまう。おじさまに会いたいな、と思ってしまう。

 話題が自分達の学生時代に及んだ時、
「キースはさ、とにかくモテるんだよ、学生時代から。でも全然チャラチャラ女の子と遊んだりしないしさ、真面目でいい奴なんだ。本当に」
と、当時からの友人であるデニスがマリアに言った。するとジェシーが、
「あら、マリアだってそうよ。美人だし、性格は良いし、笑い上戸で可愛くて、学生時代からそりゃモテるのよ」
「やだ、もういいわ、そんなの」
とマリアが言うと、キースもデニスに向かって
「そうだよ、お前にそんなこと言われると恥ずかしいよ」
と言うので、デニスとジェシーは顔を見合わせた。
「私たち、過保護な親みたいになってるわね」
ジェシーが肩をすくめて言うのでマリアは笑ったが、2人とも自分とキースがうまくいくと良いと思ってくれているのがよくわかるので、逆にこのままじゃいけないと思った。さっきはキースと2人きりにされたら困ると思ったが、2人になってはっきり断った方が良かったかもしれない。するとその時、キースがマリアに提案してきた。
「マリア、この過保護なパパとママに心配かけたら悪いから…少しあっちで2人で話して来ようか」
「…えーと…そうね、いいわ」
マリアが言うと、ジェシーとデニスが驚いて嬉しそうに顔を見合わせている。
2人はバーカウンターに席を移して話をし始めた。
「…驚いたよ、君がいるなんて」
「本当ね」
「甘いものが好きなんだね」
急に意外なことを言われたのでマリアは笑った。
「生クリームに目がないの」
マリアは、キースにはっきり断らなくてはと思いつつも、何と言って話を切り出せばいいかわからなくて内心戸惑っていた。
しかしマリアが笑ったのを見てキースの方は緊張が解けたようで、生クリームが好きならあそこの店は知ってる?ここの店は?などと聞いてきた。マリアは2軒ともよく知っている店だったので、笑いながら
「あの2軒は生クリーム好きには有名だけど…あなたよく知ってるわね」
と言った。
「僕の姉と妹がやっぱり好きなんだよ」
「そうなの。お姉さんと妹さんがいるのね。3人兄妹?」
「ああ」
姉と妹がいると聞いて、マリアはキースの物腰が柔らかいのがわかる気がした。

 その後もキースは決して迫らず、紳士的な優しい態度でマリアと会話していた。それはマリアにとっても居心地の良い時間ではあったが、何しろ早くきちんと断らないといけないと思っているので、そのどこか落ち着かない様子が伝わってしまったようだった。キースは少し言葉を途切らせた後、マリアの目を真っ直ぐ見ながら、
「……マリア、今ここでNOだって話はしないで。その代わり僕も何も言わないから。ただちょっと君と話してみたいだけなんだ」
と優しい顔で言った。マリアはとても申し訳ない気持ちになった。
しかし「NO」だとわかった上でこうして優しく接してくれているのだと思ったら安心し、ありがたくも思った。
「…ありがとう」
とマリアがホッとしたようにキースの目を見て笑顔になると、
「そんな顔されると逆に抱きしめたくなっちゃうけどね」
と突然キースが言ったので、マリアはハッとして強く首を振った。
「OK、わかってる。ごめん。しないよ」
「……ごめんなさい、私…」
キースはちょっと淋しそうな顔で笑いながら、
「いいんだよ。…本当にNOなんだね」
と言った。

 その後、ジェシーとデニスが気を利かせたつもりで、自分たちはそろそろ帰るけど2人はゆっくりしていってくれと言いにきたが、
「いや、僕たちももう帰るよ」
とキースが言った。ジェシーとデニスはまた顔を見合わせていたが、結局4人で一緒に店を出て帰った。


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