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理想のお姉さん。

 高校生になったら、図書館の「夏休みこどもクラブ」で小学生の宿題のお手伝いをするって決めていた。自分が小学生の頃、夏休みの宿題の分からないところを一緒に解いてくれたお姉さんのようになりたいと思っていた。高校生になった今年、私の夢がやっと叶う。

「ホナミ!おはよー!」
 夏休みこどもクラブの初日、自転車を漕いで図書館に向かう私の後ろから、幼馴染のユキハの声と自転車の音がした。私と違って、誰とでも仲良しになれる元気さが羨ましい。どうやったら緊張せずに誰とでも話せるようになるんだろう。そんな事を思いながら自転車の速度を緩めてユキハが追いつくのを待った。
「おはよ、ユキハ。こどもクラブ、いよいよ今日からだから緊張してきちゃった」
「えー、ホナミは真面目すぎるんだよ!兄弟と接するようにすればいいって!あんたなんか成績いいんだから、何聞かれても大丈夫でしょ。」
「そんなこと言ったって、緊張する…」
「私がわからない問題聞かれたときは、ホナミ呼ぶからよろしく!」
「ユキハってば、そんな事言わないでよ!」
そんな感じで、私の夏休みのチャレンジは始まった。

「おねえちゃん!この本読んで!」
「えー、おねえちゃんに紙芝居読んで貰う約束したから後にして!」
 小学校低学年の子たちのパワーは凄まじく、いつの間にか囲まれて身動きが取れなくなった。「ホナミ」と書いた名札が初日なのにしわしわになりかけているのが見える。事前の説明で高校の先輩に聞いた「優しそうなお兄さんお姉さんは、間違いなく餌食になるから気を付けて」のそれだと思った。

「ホナちゃん大変だねぇ。」
後ろから低めの声がする。ホナちゃん?なんだその呼び方は。親にも友達にもそんな呼び方をされたことはない。振り返った視線の先には推定身長165センチの男の子が立っていた。同級生くらいかな?とも思ったけれど、微妙に顔があどけない気もする。
「え…えっと?」
なにか声をかけたかったのだけれど、そこで止まった。言葉を探しているのに出てこない。そんな沈黙のさなか、少し離れたところでユキハの声がした。
「おー、タックンじゃん!中学生はあっちの部屋だろ!行きなよ!」
どうやらこの男の子はユキハの知り合いらしい。ちょっと前髪が長くてメガネの下は切れ長の涼しい目をしてる。あっちの部屋ということは、こどもクラブの中学生かな。こことは違って中学生の部屋は大学生が受け持っている。
「うっさいなー、ユキに用はねぇんだよ!こっち、今日は大学生少ないから、誰か借りて来いって言われたの!で、俺はホナちゃんをスカウトしようとしてたの!」
「えー!ホナミも今日始めてなんだからやめてあげなよ!」
「でもさ、俺知ってるよ、ホナちゃんって読書感想文でいっつも賞もらってたでしょ?俺の読書感想文の相談に乗ってもらおうかと思って。」
彼の言う通り、小中学生の時の読書感想文コンクールはよく賞をもらっていた。それにしてもなぜ知ってるんだ?この子のことは知らないけれど、ユキハの事を知っているなら同じ学校の後輩?
 フリーズしていると、私の周りを取り囲んでいる小さな子たちに「ごめんね、お姉ちゃんちょっとだけ借りてくね。」「また後でね」と優しく声をかけ了承を得ていた。
「いいってことなんで、よろしくお願いします。」
うやうやしく執事のようなお辞儀をして向かいの部屋にエスコートしてくれた。

「何を読んだの?」
「えーと…これね。」
渡された本を見ると、一昨年、自分も読んだことがあった。
「自分も読んだんですよ、同じの。」
どれだけ私のこと知ってるんだ?この子は何者?クエスチョンマークが頭に浮かびまくって再度フリーズ。 
「え?ちょ…どういうこと?」
困惑する私を後目に、タックンは語り出す。読書感想文が載った学校の文集に、いつも私の名前があって名前を覚えてしまったこと。見解が優しくて、こんな事を書く人は人に騙されやしないか勝手に心配になったこと。
「余計なお世話なんだけど…あっ。」
しばらく聞いていてイライラしていたら無意識に言葉が口から出ていた。
「分かってないよね?ホナちゃんは陽が当たる世界しか知らないから。」
「そんなわけないでしょ?よく分からない陽キャから虐められたこともあるし、学級委員を先生から押し付けられた事もあるの。でも、私がこうありたいって自分像を実行してるだけ。あなたが見ているのは私の理想の私!」
そうやっていつも隠してきたことを一息に言って、自分の担当である小学生の部屋に戻った。

 
「ホナちゃん、これ懐かしくない?」
コーヒーの入ったマグを受け取ると、同時に少し黄身がかった冊子を見せられた。
「これ懐かしいね。タックンの感想文が載ってる文集!あれから10年ちょっとだけど、まさか私達が結婚するとはね。」
「あの時、ホナちゃんは怒らせちゃダメって知ったからさ、めちゃくちゃ気をつけてるよ。」
「うわっ!それ、ちょっと酷くない?」


理想のお姉さん。(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ
『そうやっていつも隠してきたこと』


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