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prayer

12月が始まった。
そんな僕らは、ドライブがてらイルミネーションを見に来ていた。ゴテゴテしたライトは冬の花火みたいだし、こんなご時世なのに凄い人混み。誘ったのは彼女だったが、何故か寒いから車の中で見ようと言いだして車のガラス越しに眺めている。不意に窓を開けた彼女。いつものようにタバコを吸いたくなったんだろうと僕も反対側の窓を少しだけ開けた。
「あっ…あー、いいや。」
いつものバッグに出したばかりのタバコを再び突っ込み、頬杖をついて外を眺めている。吐いた息がタバコの煙に似てるな…僕はぼんやり思った。

「ね、子どもの頃ってサンタクロース信じてた?」
彼女が遠くを見ながら口を開く。
「んー。どうだったかな…いい思い出ないからさ。」
「そうなんだ。なんか、なんだかんだあっても家族揃ってケーキとか食べてそうって思ってた。」
「で、自分はどうだったの?そっちこそクリスマスにはご馳走とケーキとプレゼントで幸せそうな子ども時代のイメージあるわ。」
「あはは、そう見えてるのか。ありがとう。」
僕の勝手なイメージは現実の彼女とは違ったらしい。
「クリスマスあたり、なんか大人たちは仕事が忙しいから家族バラバラでさ…弟と2人で先にご飯食べてたし、父親なんか取引先からケーキ貰って来るんだけど、それ置いてまた仕事に戻ったりしてた。プレゼントなんてお菓子のブーツとスケッチブックみたいなのだったなぁ。喜ばないとなんか不機嫌なんだよね。子どもらしさを良しとしないクセに、こんな時は感謝がないとか子どもらしさがないって言われてさ、矛盾しかないの。弟なんて可哀想なんよなぁ…おもちゃの広告見ながら丸つけて何日もそれ眺めてるけど、結局はそんなの貰ってなかったし。ヤツはよくサンタクロースに手紙書いてて、一生懸命なのが書いてる姿からも分かるのね。私は早いうちに正体知っちゃったから叶えてあげたくて『弟に○○あげてください。わたしはいいです。』って書いてた。可愛くないでしょ?」
彼女にうまい返答が出来なくて、ちょっと焦った。僕の中で、彼女は幸せな子ども時代を送っていたイメージがあったからだ。習い事をいくつもしていた話、夏休みの旅行の話…いつも何気に楽しそうに話してくれていた。
「んー。悪い人たちでは無いんだよ。自分達の価値観の物差しから外れなければ…多分、今でもかな。」
目の前に広がるイルミネーションの美しさと、僕らの心の明度は明らかに合っていない。よく笑う彼女が笑いもせずに背を向けたまま続けた。
「もし許されて親になれたら、子どもにはサンタクロースをいつまで信じさせることが出来るかって全力でやってみたいんだよね。カードとか手書きで英文にしたり…ん?英文は違うの?」
「フィンランドからやって来るなら…フィンランド語かな。」
「あー、そうかそうか…フィンランド語の勉強、今からしたら間に合うかなぁ。その前に親に…なれるかな…結婚に向いてない気しかしないよ。」
ふふふと笑う目の前の人が、なぜだか泣きそうな顔をしているのではないかと不安になって、そっと肩に手を置く。大丈夫だと言わんばかりに僕の手をさすられたが、彼女は背を向けたままだった。しばらく車内は開いた窓から入る雑踏の音しかなく、この沈黙をどうしようと思いを巡らしてもいい考えも浮かばずで、彼女の背を見ながら次の言葉を待つ。

「ずっとね、何かに願い続けてるの…かも。」
ぽつりと彼女から言葉が溢れる。
「幸せのかたちが分からないから、普通のしあわせをくださいって。」
「あぁ…それは僕も知らない。ただ、自分が幸せって思えたらいいんじゃないの?」
思わず、毒にも薬にもならない言葉を発していた。きっと、欲しい言葉はこれではないということだけはわかるのに、これしかなかったのだ…
「私さ、妊娠してるっぽい」
「はぁ?ぽいってなんだよ!病院は?え?窓閉めて!寒いのダメ!」
きっと、素っ頓狂な声だったはず。彼女がいつものように「なにそれ」って振り向きながら、いい笑顔で笑った。
「いや、そうでしょ?体冷やしちゃダメって…僕のコート、膝にかけて?」
自分の頭にあるだけの「知ってる」事を絞り出して、車の窓を閉め、コートを掛けてあたふたする。
「いつも私の保護者だね…私の方がお姉さんだよ?」
「半年だけじゃん!そんなの誤差!もう結婚しよ?」
勢いだけのプロポーズをしてしまった。まだ、結婚なんて頭の片隅でずっと先のいつかだと思っていたけど、これで言わない奴なんているのか?
「するの?私と?私は結婚に向いてないよ?」
「向くとか向かないじゃなくて、僕と一緒にその子に『いつまでサンタクロース信じさせるかプロジェクト』やろうよ!フィンランド語の勉強しよ?」
「プロジェクト名、なっが!」
「んー、プロジェクト名は追追考えるから!」
けたけたと彼女は笑っていた。

『サンタさん、僕なりの幸せを彼女と作ります。大丈夫です。』
今夜、手紙を書こう。


prayer(2000字)
【One Phrase To Story 企画作品】
コアフレーズ提供:花梛
『冬の花火』


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