停電した新幹線に乗っていた日の出来事および思っていたこと
12/18 (日)
時刻⏰9:30
前日夕方から始業した夜勤が終わるまで残り15分。
これといって大きな報告もなく終わろうとしている。
このままサッサと引き上げることが出来れば、東京駅に余裕をもって辿り着ける。新幹線乗車時間は⏰11:30。
時計が⏰9:45を指した瞬間に引き上げてしまっても良いところだが、前日から物品購入で届いていた備品が気になっていた。
単なるスチールラックなのだが、こいつは自分が長いこと「準備します」「注文の届出だします」と言っておきながら数ヶ月間何かと忙しかったためにスッカリ忘れてしまっていた案件。
それもこの日夜勤を共にした後輩のフォローのお陰で届いた代物。
オマケにその後輩が「夜勤終わったら組み立てます」と来た。それを尻目にサッサと引き上げられるだろうか。非常に気まずい。
さらにさらに、部署2番手である自分の上に居る上司(同い年女子)から、『彼が注文しましょうかって言ってくれてるけどどうする?』という、【いいかげん何とかしたらどうだ?】的なお達しを経ての備品到着。しかも今朝は彼女が早番でいらっしゃる。目の前を届いたというか届けてもらった備品を無視して帰るのか?非常に気まずい。
状況からして、届いたスチールラックを見て見ぬフリでの「お先に失礼しま〜す」と逃げ帰るようでは立場的にも大変よろしくない。絶対によろしくない。
そんなことを夜勤の間モヤモヤと考えていた。
仕方ない。
サッサと組み立てて設置して帰ろう。
タイムリミットは⏰10:20とした。
⏰9:40終業寸前でおもむろにラックの荷解きを始め、セカセカと組み立て始める。夜勤業務の報告を終えた後輩が合流。
⏰9:55なんとなく置き場所を設定するがユラユラして安定しない。
⏰10:00後輩が余っていた耐震補強の突っ張り棒を挟み込み何とか安定。荷物を乗せていく。
⏰10:10あとは少しずつ微調整をしていくことにしよう!と半ば無理矢理その場をまとめる自分。急ピッチで残った部品や古い棚を片付ける
⏰10:15上司(同い年女子)に経過を伝える。「ふんふん。まあ夜勤明けだしそこまでにしとこう」とお許しを得る。直後とって返し自分の荷物をもって退勤へ。
〜〜この慌てて出て行く愚行の結果、報告ノートを看護師に渡すのを忘れていたことに東京駅のホームで気づき、上司(同い年女子)に平謝りのLINEを送ることとなる〜〜
かくして、
タイムリミットまでに職場を脱出することには成功するも、まだまだ安心はできない。
最寄りの駅まで頑張って歩いても12分🚶♂️
メトロに乗り込み大手町駅までおよそ15分🚇
大手町駅から東京駅新幹線ホームまでおよそ7〜8分🚶♂️
ギリギリ駅弁買えるかな?といった状況。
しかしながら職場から最寄り駅までダッシュするという、夜勤明けの老体には酷な選択をした甲斐もあり、新幹線にはなんとか間に合う見込みが立つ時間にメトロに乗車。
思い返せば4日前12/14(水)。
この日も夜勤明けだった。
スチールラック組み立ての件を省いてほぼ同じシチュエーションの下、⏰11:10に東京駅に辿り着いている。その時の交通手段は⏰12:30に出る高速バスだった。
そんな形でのリハーサルを経ており、乗り込むメトロの乗車位置も、大手町到着後のルートも完璧だった。
牛べんという名前からして美味そうな弁当を購入してホームへ向かうと、自分の乗車する新幹線が車内整備の最中だった。
『よかった。間に合った。』
そう思い、すっかり安心しきっていた。
⏰11:30発 のぞみ 29号博多行き
自分が向かう先は新神戸。
神戸は10年以上前に先輩たちに連れられ観光したのが最後。北野町にある異人館の建物をそのまま使っているスターバックスに立ち寄ったのは覚えているが、それ以外は全然思い出せない。飛行機で帰ったのは覚えている。
・・・・・。
長々と綴っていながらどこへ向かうのか、まったく触れずにいたが、
この日は「新・乃木坂スター誕生LIVE」の神戸公演の夜の部に参戦する。
先だって12/5.6 にも、横浜のぴあアリーナMMでLIVEが開催されていた。神戸での2公演で千秋楽となる。
自慢の孫たちの晴れ舞台だ。
※(もちろん本当の孫ではなく妄言を述べている)
会場は神戸ワールド記念ホール
開場⏰17:30 開演⏰18:30
新神戸から地下鉄で三ノ宮へ。
三ノ宮からさらにポートライナーで市民広場という駅が最寄りだ。
夜勤明けから少し焦った気持ちを落ち着かせ、
窓際の席でまずはタブレットを起動。
⏰12:00から始まるLIVEの昼の部を配信で視聴するためだ。
3列席で隣の席が幸い空席だったため、
堂々とタブレットで視聴。隣が居たら少し考えたかもしれないが、自慢の孫たちの晴れ舞台。何も恥じることなど無いはず。
などとよく分からない思考を働かせていたら昼の公演がスタート。
配信を楽しみつつ、逐一何かしらTwitterでのツイートをあげる度に、現地でお会いする方々から連絡をいただけた。
会えた記念の写真を撮ること
生写真のやり取りをすること
無券だけど滋賀から来る青年を出迎えること
こういった交流も楽しみのひとつ。
そしてまた新たに開演までの時間で
交流の輪が広げられたりするだろうか、
可愛くて仕方がない孫たちの元気な姿に顔を皺くちゃにしながらも、到着後の事をどうしようか考えたりイメージを膨らませたりしていた。
新横浜駅を出て随分経ち、名古屋にもうすぐ着くであろう頃
⏰13:00
体に感じるほどの明らかな減速から新幹線が駅でもなんでもない場所で止まる。
イヤホンを外しながら微かに聞こえたアナウンスは、
「....んが発生しました」
え、地震かな???
さらに車内の照明が消えている。
揺れている感じは無い。
引き続き車内アナウンス「停電が発生しています」
なんと。一体なぜ????
電力が無いことで、
現在位置から最寄りの三河安城駅へ向かうことも、
先ほどまで世話になっていた充電用のコンセントも、
車内換気機能も、車内空調も、
喫煙者にとってのオアシスである喫煙スペースも、
自動水洗トイレも、
すべて出来ない使えない。。。
そんな状況下でも、
孫たちの晴れ舞台昼の部は続いており、
自分自身、「まあ、最悪でも1時間くらいで何とかなるかな?」という根拠も何も無い想定を立てていた。
⏰12:00から開演されたLIVEも終了。
素晴らしかった。回を重ねるごとにこの子達は間違いなく成長している。これからどんな姿を見せてくれるのだろう。さも、本当に自分の孫かのように思いを巡らせては目頭を熱くしているが、車内はいまだに暗いまま。。
徐々に重苦しくなるムード、換気を失い澱む空気、
落ち着かず動き回る乗客、空調が止まるが日差しもあるため寒さはそれほど無い。
繰り返されるアナウンスを届けてくれる車掌の口調は、度々マイクのスイッチが入ると同時に小さくだが微かに溜息のような吐息が聞こえるのだ。
明らかに車掌も困り果てているのだろう。何しろ原因が分からない。そして実像は見ていないが、「いつ動くのか」「降りられないのか」などなどで、恐らくだが多くの乗客が押し寄せているのだろう。
「一部、水洗トイレがご利用できます。○号車のトイレをご利用ください」
「換気のため○号車のドアを開放しています。ご気分の悪い方はお越しください」
「空調が止まっています。車内温度維持のため窓のブラインドをお閉めください」
「換気装置がストップしています。感染予防のため息苦しいとは思いますがマスクをお付けください」
「車内販売を○号車で行っておりますが、多くのお客様がご利用になっています。必ずお買い求めできるかは分かりません」
乗客から引っ切り無しに色々と申し出もあるのか、5〜10分おきにアナウンスが流れてくる。
本当に誠心誠意やってくれてると感じる。
⏰15:00
停電発生から2時間経過。
電気設備の故障?との情報。
作業終了は⏰16:30頃に及ぶとのこと。
自分も時間が経過するにつれて、心中穏やかでは無くなっていった。
開演に間に合わない?
いや、開演どころかLIVE自体観ることが出来ない事まで覚悟しなければいけないのか???
突然突きつけられた現実を容易に受け止められる訳が無かった。
いったい、
何のために今日まで頑張って生きてきたのか?
何のために夜勤明けに急ピッチでステールラックを組み立てたのか?
何のために新神戸滞在時間は翌朝の10時までという強行軍を設定したのか?
LIVEがとっくに終わった時間に新神戸に到着して、
ただただホテルに着いて朝を待つなんて事になるかもしれないのか???
嫌な想像ばかりが頭の中を支配してしまう。
周りが一旦席を立ったり、軽食を求めに行ったり、トイレに行ったりする中、地蔵のように席を動かずにいた。
とうに空腹が襲う時間のはず、睡魔が襲う時間のはず、
最後に行った時間も覚えてないほどトイレにも行っていない、
カッコつけるつもりも、我慢強さのアピールでもなんでもなく、何も欲さなかった。精神状態も多少おかしくなっていたのかもしれない。
何も要らないからLIVEに間に合ってくれ!!
そう願う以外無かった。
日頃から重たいけど常備している充電池3個をフルに活かして、iPhoneとタブレットを充電。
何も手立てが無い時間にラジオでも聴いていたいところだが端末のバッテリーが無くなっては困るし、この後何時間要するのかも分からない。
徐々にTwitterをチェックすることもやめていった。最新情報は入れ易いかもしれないが、不確かな情報や良からぬ憶測の発信を見て気持ちが疲弊するのも嫌になるためだ。
昼公演に続いて夜公演もタブレットで観られる準備を整えた。
当然こんな事したくないし、受け入れたくはない。でも何も観れないよりはマシ。とにかく言い聞かせた。必死に必死に言い聞かせた。
まさか、このご時世がゆえに生まれた「配信」というシステムにここまで助けてもらう日が来るとは思いもしなかった。
このシステムには正直感謝したくは無い。それはまるでウイルス蔓延に対してお礼でも言っているような気がしてしまうからである。
⏰16:30
作業終了予定時刻になっても、やはり動かないまま。
外はすっかり日も暮れて車内は徐々に寒くなる。近くでは泣き出してしまう子供も居た。自分の心の中も泣き出している。
現在地三河安城駅手前。
どれだけ回復運転するとしても、新神戸に着くのは何時なんだ?そして本当に今日中に動くのか?
夜公演に備えてタブレットのバッテリー充電完了。
少しだけ開いたTwitter上でも停電については知れ渡り、自分の状況に対しても声をかけてくださる方が幾らか居た。
近くから私鉄で行けるルートを教えてくれる方
間に合うように祈りましょうと励ましてくれる方
近所なので困ったらウチへどうぞとまで言ってくれる方
最悪、終演後でも会いましょうと事前に約束していた方からも優しい返事をもらえた。
反応こそしなかったが、
ツラツラとタイムラインの会話などを見ている中に、自分のことを車で拾ってやってくれ!と言ってくれている方まで居た。それほど会ったこともないはずなのに、なんとも有難かった。お気持ちだけ戴ければ充分すぎる話である。
しかし
会う予定だった無券の滋賀の青年とは残念ながらこの時点で会えない事が確定してしまった。。
彼だけでなく、新たに交流を図れる機会があるかもしれないという期待はここで消えてしまったのだ。
バッテリーを気にしつつ、遺書でも残すような気持ちでTwitterにアップしたのは、会場にいる人たちへの呼びかけ。
わたしの孫たちにわたしの分まで目一杯拍手を送ってやって欲しい事と、
配信で見ようかどうしようか迷っている人たちに向けてぜひ観てやって欲しいという呼びかけ。
お前は一体誰なんだ?といった懇願。
やはり精神的に危なかったのかもしれない。
⏰17:00
復旧後、最寄りの三河安城駅に停車して車両の点検をするとのアナウンス。動く目処は立ちつつあるようだ。
それでもアナウンスによる運転再開予定時刻は分刻みで延びていくばかり。
旅行を中止して帰宅する人や三河安城駅で降りたい乗客を確認しているらしい。
そうなっては時間も延びるだろう。。どれだけ延びるのか...。想像もつかない。
乗客に対して確認する車掌は何人いるんだ?
確認の間にアレコレ物申す客も居るようでは、想像するだけで気が遠くなる。
運転再開後は通常どおりに動いてくれるのか?
もし万が一、減速して運転という事になるならば、
先に記したように、私鉄に乗り換え??
この後三河安城か名古屋で降りるべきか??
無い頭で模索してみたが、変に動き回っても外はこの混乱による人混みになっているはず。
もう今乗っている車両に委ねることにした。
車内の薄暗さと澱んだ空気で不安は増すばかりだった。
⏰17:05
車内の照明が復旧。さらに空調や換気装置が動き出す音。煩く感じるほどの音。すべて止まっていた時の静寂に耳が慣れていたのだろう。
運転再開へ最終チェックとのアナウンスとともに程なくして新幹線が動き出した。
実に4時間立ち往生していたらしい。過度なストレスで何時間居たかなんて分からなくなっていた。
「4時間」という事実は、後々ネットのニュースで見て知った。
もう開演は間に合わないだろう。
一先ず換気装置が戻ったところで、東京駅構内で購入の時に目にして以来の牛べんを食べることにした。ほぼ夕食。常陸牛のいい匂い。これを先ほどまでの環境下で開封しては、匂いの充満に加えて軽食の用意が無い人たち及び急遽開いた車内販売にあり付け無かった人たちから大顰蹙を買う事間違いなし。だからこそ飲み食いは控えていた。
三河安城駅での点検もそれほど時間は要さずにすぐに出発。名古屋駅にもすぐに到着したが、当然待っている乗客も居る。
自由席には立ちも出ているようで、なかなか出発が出来ない。
名古屋駅を出発したのが⏰17:47頃
停車駅で長居こそするが見たところ、走りっぷりはいつもののぞみ号といった印象。
多少の延びはあってもLIVEの序盤には辿り着けるのではないか?という光明が指しているように感じた。
車掌からの到着予定時刻を告げるアナウンスが流れる。
『新神戸 ⏰18:44』
『お爺ちゃん、イケます。』そう確信したと同時にiPhoneで新神戸駅周辺マップを確認。
駅からワールド記念ホールへの乗り換え経路は前述した通り、計画段階での見慣れたルートだ。クリっと横に流してタクシーのルート案内を見る。
新神戸から三ノ宮経由の路線乗り換えの所要時間24分
新神戸駅前からタクシーでのおよその所要時間14分
ほぼ行ったことのない地で乗り換えに迷うロスも加味した上でタクシーに乗るルート変更を即決。
まもなく京都駅、といった辺りで⏰18:30を迎えてしまう。
しかたなくタブレット起動。
LIVEのオープニングを視聴するが、いかんせんトンネルの連続などで視聴環境が安定しない。
この時はもはや、
「観れないじゃないか!」という心情は無く、
「1秒でも早く着いてくれ!」だった。
乗り降りにかなり手を焼いているようで、新大阪駅に着いたのは18:40頃。ここでまた乗車に時間を要する。
5〜7分ほどかかり新大阪駅を発車。
駅の手前で停止信号のために度々止まりはしながらも、ようやく、ようやく辿り着いた新神戸駅。
切符に記された到着予定時刻は14:14
実際に到着したのは18:55
しかしそんな事はどうでもよかった。
むしろ、「ここまで届けてくれてありがとう」
とすら思えた。
ドアが開くと同時に荷物を抱えて走った。
走り出してはみたが、降りたこともない駅のホーム。
どっちに行けば何があるなどの見当がつかない。
とにかく黄色い看板に「出口」という文字を探して走った。
どことなく駅看板や照明などが異人館を思わせる造りになっているんだな〜とチラッと見えた中に感じられたが正直そんなことを気にしている場合ではない。
幸い、階段を降りてすぐに改札出口と、その先にタクシー乗り場が見えた!!
しかし、改札の前は人でごった返していた。。。
なんだ??なぜ改札に行列が??
運転再開された時の車内アナウンスを思い出す。
「2時間以上の遅延のため、特急券を払い戻しいたします」と。
この列は改札を出られなくて詰まっているのではなく特急券の払い戻しの列。
当然自分もそれに該当する。。
まあまあのお値段だ。
出来れば頂戴したい。
急いでいながら、そんなケチくさい選択肢が頭に浮かんでいたが、私はその列を掻き分け改札を出た。
すぐさま止まっていたタクシーに乗り込む。
少し息を切らしながら、
「すみません、、、えぇと、、ワールド記念ホールに、はぁ、、お願いします」
運転手さんは「はいはい。誰かのライブですか?」と、すぐに車を走らせて言った。
よかった。。。。。
当然地元のタクシーだからという気持ちもあったが、
今のご時世、初心者マークなタクシー運転手は山ほどいる。
自分も幾度となく「すみません。。カーナビ使います〜。」という運転手に対して、「あ、道言うので大丈夫です〜」とあしらってきた。
そんな一抹の不安が、
「誰かのライブですか?」の一言で払拭されたのだ。
「いやぁーーー、新幹線止まったんですよー!!停電で!!」
安心から思わず、自分の肉親に向けて愚痴るかのように聞かれてもいないことを次々話してしまった。
10分ほどで到着し、必要以上に運転手さんにお礼を告げた。
会場の座席に辿り着くと、孫の1人である中西アルノちゃんがポルノグラフィティの「サウダージ」を披露するところだった。入場前に見た時計はだいたい⏰19:10分くらいだったと思う。
公演後、
約束していたお2人と無事に時間を共にする事も叶い、LIVEも昼公演同様、素晴らしかった。
昼公演からわずか数時間の間にも、孫たちは成長しているように感じ、度々目頭を熱くしていたため両隣の若者からすれば遅れて入ってくるわ、やたらと半ベソになるわの奇妙な奴に見えたに違いない。
〜〜〜〜〜〜
LIVE会場に入場するまでのおよそ10時間は壮絶を極めたものだったが、自分はまだ幸運な方だったのかもしれないと、ホテルに着き、W杯2022カタール大会決勝を眺めながら考えていた。
色々と選択肢が現れていた。
もしも選択が違っていたら、、、
更に危うい状況になっていたかも知れなかった場面が随所に散りばめられていた。
呆れたものだが、この「W杯決勝」があったがために、この日は宿泊する選択肢を取ったようなもの。夜行バスでその日のうちにコストを抑えて都心へ戻るという選択肢はW杯決勝のために消えた。夜行バスに乗ってしまっては観戦など出来ない。
これにより、ホテル付きのJRセットプランを使うことになった。
往復の新幹線の乗車時刻は固定されるが、ホテル代は格段に安くなる。ただ万が一指定した時刻に遅れてしまった場合は、指定時刻以降の自由席乗車が可能。
この時刻設定を迷わされたのが「夜勤明け」という障壁。
今回神戸に出向くにあたり、12月は他の予定に希望休を使い切っていたため、この日を「夜勤明け」にしてもらう他なかった。
前述した通り、この「夜勤明け」というやつは、サッサと逃げ帰ることも出来れば、夜勤中に何事かあると報告や対応に追われて掴まると退勤時刻が遅くなる。
夜勤を共にした後輩のように献身的な人間は、「済ませておきたいことがあるので」と、9:45に帰れるものを、早番勤務の人間が11時の昼休憩に入ろうとしても居残り続けていたりする。
自分も若い頃はよくやっていたが、今や40手前となっては、ひと晩寝ずの番をしただけでお手上げ。
とは言え、この日は自分の落ち度が祟っての事だったためにタイムリミットを⏰10:20と自ら設けて何とか案件を片付け、新幹線乗車に間に合った。
もしも、
❶計画段階で、「夜勤明けは何があるか分からないし、昼過ぎくらいの列車でゆっくり向かおう」としていたら
❷夜勤を終えて「仕方ない、後発の自由席に乗るからゆっくりとスチールラックの組み立てと設置をしよう」という慈悲深い判断をしていたら
どちらを選んでいても恐らくだが、LIVEには間に合わなかっただろう。
❶の場合は東京駅で新幹線停電の情報に呆然
❷の場合は関東近郊辺りから進めなくなる
といったところか
また、
停電している新幹線内では、自分自身相当気落ちしていた。
「焦り気味とはいえ夜勤も頑張ってきたのに、これは何の仕打ちなんだ?」
「俺が何をした?」
「行っても意味ないなら引き返そうかな」
非常によくない心境になっていた。
現れた選択肢
❶名古屋辺りになんとか辿り着いたら、着いた時間と新幹線の進み具合次第で諦めて引き返して帰ろう。神戸に着いたところで何もする事が無いし。
❷フォロワーさんが教えてくれた私鉄乗り換えルートに賭けてみる
❸このまま新幹線に乗る
❶は17:00になった時点で帰るのもアリかもなとさえ思ったが新幹線本来のスピードが出ていたので早めに消去。
❷も同様に新幹線がほぼ通常通りに動いたので消えた。
後々ニュースなどで聞いたこととしては、
停電の車内であれだけ事細かにアナウンスが流れた事の背景。
やはり中には憤慨してしまう乗客も居たようだ、
端末は動かせなかったのでイヤホンも外して周囲の状況に耳を澄ませてはいたが、自分の周りに怒り出す人はおらず、
これから向かう先の相手に状況を伝える電話をかけたり、
少し気落ちした声で「ちょっともう無理かなあごめんね。」と電話する声、
「何で動かないのぉ〜!」とグズる子供を宥める親子のやり取り、
そのくらいで、乗客同士のトラブルなども見て取れる事は無かった。
そして今になって思い出すことは、食べ物の匂いがまったくしなかった事。誰か1人くらいデリカシーの無い人だったり、子供が落ち着かないから仕方なく、といった感じで食べたりしそうなものだが、それも無かった。細かすぎる事かもしれないが幸運といえば幸運か、そんなこともあって自分も牛べんを開けることはしなかった。飲み物もトイレが近くなっては困るため飲もうとはしなかった。
重ね重ねになるが、心中は穏やかでは無かった。
「なぜ停電したんだ!!理由を言えーー!!」と怒鳴りたくなる衝動は常にあった。
しかし、乗り合わせている人たち、引いては同じ路線上にいる人達全員が同じ状況にあるのだから仕方ない。
復旧が1秒でも早くなることを祈ることしか無い。物凄いストレスではあったが、周りから行き先に対して断りを入れる電話だったりがチラホラ聞こえてくると勝手ながら苦労を分け合っているような気持ちになって落ち着く事ができた。
一部報道では、
名古屋で開催されるコンサートに向かったものの、会場に辿り着いた瞬間に終演して退場してくるファンを目にしたという話を聞いたり、
旅行を中止せざるを得なくなった人がいるという事実があったり、
つくづく自分は幸運な部類にいたのだと感じた。
まぁ、そもそも停電なんて無くて、普通どおりにLIVEに行けた方がもちろん良かったけれど、これだけの想定外な障害が立ちはだかって乗り越えて辿り着いたという、この出来事は忘れられないし人生の上で良い経験を出来たのだと飲み込んだ。
翌日の帰りの新幹線に乗り込む時に、「今日は大丈夫なんだろうか」という若干の恐怖心さえ覚えたが、2時間ほどで富士山が見えてきた時には思わず「早っ」と口に出てしまった。
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