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おばあちゃんの甘酒

去年の雪は例年の倍でした。
 
大雪の1月に書いた「雪かきハードボイルド」という記事で、同じマンションに住むおばあちゃんとの出会いを書きました。車すら走るのがむずかしい大雪の朝のことです。おばあちゃんが雪をかき分けて歩くのをサポートしたお礼に、10本もの缶入りの甘酒をいただいたのでした。
 
そしてこのあいだ、ようやくそのお礼を言えました。実はこれまでも何回もおばあちゃんを見かけてはいたのです。朝の9時から10時の間に一番近いスーパーへの道の途中で。いつもあの雪の中で重そうに持ち上げていたのと同じカートを押しています。そのせいでどうしても前かがみの姿勢になりますので、目線も足もとに向いています。くわえてコートについているフードを風に飛ばされないように深くかぶっているので、こちらからは表情が見られません。
 
ただでさえ通りすがりの人に声をかけるのは勇気がいります。仲が良い相手なら別ですが、一度しか話したことがない相手だとなおさらです。いくらお礼を言うためとはいえ、急に顔をのぞきこんで「こんにちは」をするのも驚かせてしまうし、少し失礼かもしれません。やっぱりやめておくべさ。遠くから見守るだけにしました。
 
良いタイミングを待っているうちに、雪はとけ、桜までも散ってしまっています。忘れたころにそれがやってきました。買い物に行くのにロビーへ下りて玄関の方を見ると、ちょうどあのおばあちゃんが帰ってきました。待ったかいがあるべさ。高くなるテンションを落ちつけて声をかけます。
 
「こんにちは~。あの…冬に甘酒をいただいたんですけど、あのときはありがとうございました!遅くなっちゃったけど…」
カーキー色のフードをかぶったおばあちゃんは、あのヘーゼルとブルーの目でじっと見て、「あぁ…誰だかわからなかったわ。あんときはありがとうございました。助かりました」と言いました。
「いえいえ、こちらこそ」
マスク越しでも伝わるように、目に笑みを浮かべて返します。
「ひとりでいるからね。本当に助かりました」
おじぎをして、そのまま足もとを見ながらエレベーターへ歩いていきました。後姿を見送ります。

これからはあいさつだけでもいいから、お話しできたらいいなと思いました。

両親と家族でいただきました。