やっぱりお茶が好き! 愛飲歴15年のお茶屋さんの話
私はお酒が好きだが、緑茶も好きだ。
基本的に「飲む」という行為が好きらしく、四六時中、のべつ幕なしに何か飲んでいる。
あたたかいにしろ冷たいにしろ、水分が喉を通り、食道へ伝っていく感触は、生きていることを実感させるものがある。
これまで、えんめい茶、よもぎ、どくだみ、熊笹などの野草茶から、三年番茶などのマクロビオティックで推奨されているお茶などにも手を出した。阿波番茶も飲んでみたし、そば茶、プーアル茶、ジャスミンティー、ミントティー、カモミールティーも飲んだ。
これは私個人の趣味ではなく、夫婦そろって何か飲むのが好きなのだ。夫の場合はここに、珈琲も加わるのだから、飲みたいものがあり過ぎて胃袋が足りなくなる。
しかし、様々なお茶を飲んできた私たち夫婦が、どれか一つに絞れと言われたら、迷うことなく緑茶を選ぶだろう。これは夫婦にとっての決定事項だ。
そこまで緑茶を推すのには理由がある。
2008年のこと。
某番組で、あるお茶屋さんのドキュメンタリーをやっていた。それを見た夫が、番組が終わった途端、
「ここのお茶買おうよ」
そう言ったのである。
だが、私はすぐに「うん」とは言えなかった。テレビで見たから、すぐに注文するなんて、あまりにも短絡的かつ、ミーハーである。マスコミに踊らされているようで、何とも恥ずかしい。
夫は決して流行に流されるタイプの人間ではない。自分の好きなものは自分で決める。話題のお店に行こうなんて言わない人だし、流行歌よりもクラシックを愛する硬派な男だ。断じて、マスコミの情報に踊らされ、ステップを踏むような男ではない。だが、そんな夫が、めずらしく食い下がったのである。
「ねぇねぇ、あのお茶買おうよ」
テレビ放映直後に注文なんかしたら、
──あぁ、テレビで見たんだ。
などと軽く思われ、蔑まれ、愚かしいと思われてしまうのではないか。自意識過剰と言われればそれまでだが、私はそういうことを気にするタイプの人間だ。なかなか「うん」と言えない。そんな私の態度に痺れを切らしたのか、夫は自分でお茶を注文してしまった。
長い結婚生活の中、夫がこのような自発的な消費行動をしたことはない。パンダがユーカリの葉を食べるくらい、実に珍しいことであった。
テレビのドキュメンタリーで紹介されていたお茶屋さんは、前田幸太郎商店という。
届いて飲んでみて驚いた。
美しい緑の色。口に含んで飲んだときに鼻を抜ける、瑞々しいお茶の香り。こくんと飲んだあとに、舌に残る嫌な後味もない。口の中に爽やかさと香りだけを残し、他の澱みや滞りはすべて、さっぱりすっきり流してくれた。
こんなにおいしいお茶、飲んだことがない。
その日以来、我が家のお茶は前田幸太郎商店一択。
普段はネットで注文しているのだが、お店の方とも、電話で何度かお話をさせて頂いたことがある。電話越しにもかかわらず、こちらの気持ちを汲み取って下さる温かさがあり、お店で直接買うのと変わらない安心感があった。
初めて注文してから15年。私たち夫婦にとって、一番長いお付き合いのお店になった。そんな気安さからか、失礼ながらも私たち夫婦は、前田幸太郎商店のお茶のことを「前田のお茶」と呼び、一年を通して飲み続けている。
15年飲み続けているお茶なのに、急須で淹れたお茶を啜るたびに、
「おいしいねぇ」
「うまいねぇ」
「本当においしいなぁ」
称賛が止まらない。しまいには、何故ここまで美味しいのか、首をひねる始末である。これは決して大袈裟でなく、本当に毎回、淹れる度に美味しいと思い、その味に感心しているのだ。夫があのとき、しつこく
「あのお茶が飲みたい」
と言わなければ、私はここまで緑茶びいきにはならなかっただろう。
美味しいお茶屋さんに出会うことは、本当に幸せなことだ。
15年の間、それなりにしんどいこともあったが、そんなときも、前田のお茶はいつだって美味しかった。気持ちがどんなに沈んでいても、舌は無抵抗に美味しさを感じ、その感覚は否応なく心に沁みわたっていく。
お茶が美味しいと思えるうちは、大丈夫だ。
そう思って、一人うなずいたこともあった。
私を大丈夫にしてくれたのは、前田のお茶が、憂鬱に抗えないほど美味しかったからである。
あとひと月もすれば、新茶の季節になる。
新緑の美しい季節に思いを馳せながら、私は今日も、前田のお茶を啜っている。
↓こちらが、前田幸太郎商店のホームページです↓
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