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階段のないまち

 スーパーでワインが2割引きの日がある。
 月に2回、そんな素敵な日がやってくるのだ。
 日頃、宵っ張りの朝寝坊を決め込んで生きているくせに、そんな日だけはそそくさと起きて、私は買い物カートを勢いよく転がす。目当てのワインが入手できるよう、午前中のうちにスーパーへと向かうのである。

 まさに、行きはよいよい。
 カートも空だし、エスカレーターやエレベーターが混んでいれば、エイヤッ!と担いで階段を駆け上がってしまえばいい。
 しかし、帰りとなるとそうはいかない。2割引きで入手した戦利品を詰め込んだ激重のカートを引っ張って帰らなければならないのだ。
 セールのある土日の朝は家族連れも多い。ベビーカーだけではなく、お年寄りがカートを引いて歩いていたりすると、途端にエレベーターは混み始める。疫病の流行がこの上ない昨今において、混み合うエレベーターに乗るのはやはり気が引ける。

 あぁ、ここが階段じゃなくて、スロープだったらなぁ。

 世の中、都会であればあるほど、頭上高く建物が建ちがちである。私が暮らす埼玉県内の街も、都内に比べればのんびりしているが、最近は頭上高く建物が建ちはじめている。東京などは、土地が狭く人が多い分、上空に土地を求め、気がつけば空に街ができているような有様だ。今「まち」は高低差段差なくして作るのは難しい。階段を避けて暮らすことはできないのだ。

 私は思った。
 階段のないまちを作るにはどうしたらいいか。

 2割引きのワインを少しでも楽に運ぶために、そんなことを考えるのもどうかと思うが、しかし、階段がないということは多くの人にとって好都合ではないだろうか。
 小さなお子さんのいるご家庭、お年寄りの方、車いすを利用している方、出張の多いサラリーマンだって、階段がなければ、重たいスーツケースを引いて歩きやすいはずだ。
 階段のないまち。
 きっと誰にとっても悪くない話だと思う。

 階段の脇にスロープを作り、そこに強力な磁石を埋め込むのはどうだろう。磁力を利用し、車いすやカートを引っ張り上げるのだ。
 しかしそうなると、車いすやカートの車輪にも磁力が必要になる。そんな車輪を転がしたら、道に落ちている釘などが全部くっついてしまって、階段以外の場所の移動が困難になってしまいそうだ。
 どちらにせよ、ひっぱりあげるとなると、やはり電力などのエネルギーが必要になる。そうなると、エレベーターやエスカレーターと結果的には変わらない。

 そもそも階段の段差をそのまま削ってスロープにしたら、とんでもない傾斜になってしまう。ちょっとした滑り台状態だ。やんちゃな子供たちが段ボールをお尻にひいて滑り降りる光景が浮かんでくる。そんな傾斜を移動手段に使うのは危険極まりない。

 それに、電力を多少使うにしても、省エネ且つ、設置しやすい安価なものでないと、階段と同レベルの普及にはつながらない。
 どうにかならないものか。夫に相談してみた。

 「ねぇ、車いすが電力なしで階段を移動するにはどうしたらいいと思う?」
 私が聞くと、夫はこう即答した。
「孫悟空が乗っている觔斗雲きんとうんを階段の横に置いておくしかないだろうね。それか、国民全員が修行者になって鍛錬を重ねて自分で浮けるようになれば、階段なんて、もうあってないようなものだよ」
 何だか話がオカルトじみてきた。

 とはいえ、実際に觔斗雲きんとうんがあれば本当に便利だろうなと思う。
 あんな風に物が浮く光景は、ピンポン玉に空気を送って遊ぶ、おもちゃの吹き上げパイプでしか見たことがない。ならばその要領で、階段に空気を送り込み、物や人を浮かせて移動するというはどうだろう。
 しかし、街のあちこちの階段に空気を送り込んだら、マリリンモンローのようにスカートが舞い上がるププッピドゥな光景が多発してしまいそうだ。

 考えれば考えるほど、階段は難敵で強敵である。
 建築の長い歴史の中で、いまだ解消しきれていない段差問題。今後、解決していく道はあるのだろうか。

 でも多くの人が、段差を移動できるシステムを戯言レベルでも考えていけば、きっとどこかでアッと驚くようなアイデアが生まれるような気がするのだ。「馬鹿じゃないの?」と思える発想の中に、未来の技術が生まれたりするものではないだろうか。

 こんな酒飲み女のアイデアを「いいね!」と採用できる能力のある人がいたらいいんだけどなぁ。

 そんなことを思いながら、私は戦利品のワインを開け、ドボドボとグラスに注いだ。







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