残飯処理を贅沢に
私は酵素玄米というものを常食している。
寝かせ玄米ともいい、玄米を小豆などの豆類、塩を入れて炊き、ビジネスホテルのバイキングや合宿所で見かけるような保温ジャーに入れて3日間ほど寝かせて食べる。
糠床のように一日一度混ぜ合わせる必要があるので、私は「ぬかめし」などという身も蓋もない名前で呼んでいる。
炊いた玄米を保温し続けるという、知らない人が聞いたら、なかなかミステリアスな食べ物だ。
我が家では、この酵素玄米を食べ始めて5年以上になる。このご飯の利点は、普通の玄米よりも柔らかく食べやすいことと、作り置くことができることだ。保温ジャーに入れておけば、いつでも玄米を食べることができる。
精米したご飯は、どうしても炊いたその日のうちに食べないと味も鮮度も心配だが、酵素玄米だと、炊くときに少々手間がかかるだけで、正直毎日白米を炊くよりは楽なのだ。
しかし、この酵素玄米にも欠点がある。
保温期間が長くなると、どうしても干飯のように硬くなるのだ。一日一回のかき混ぜの際に、水を加えるようにしているのだが、どうしても5日を過ぎると硬くなってきてしまう。
新年が明け、年末炊いた酵素玄米を見てみたら、もはや煎餅のようになっていた。見て見ぬふりをして一旦、保温ジャーの蓋を閉じる。
しかし、これはどうにかして処理しなければならない。
私は、残飯処理班に出動要請をかけた。
夫婦二人暮らしの我が家の残飯処理班は二人。夫と私である。この残飯処理班、それぞれ得意分野があり、夫は野菜関連、私は穀物、豆腐などのたんぱく質系と分野が分かれている。今回の玄米は穀物なので、私が処理を担当する。
警察24時みたいにカッコよくいってみたものの、何のことは無い。残ったご飯を食べる、ただそれだけのことだ。
しかし、どう見ても酵素玄米はカピカピだ。
雪国の風雪に晒した覚えは無いのだが、炊き立てだった頃の艶やかさはなく、ただひたすら硬い。
ここまで乾いていれば、揚げたらかき餅になるのではないかと思ったが、油の処理を考えると、そこまで手間をかける気がしない。時計を見れば正午過ぎ、少々小腹も減ってきたので、おじやにでもしようと考えた。
でも普通におじやにするのは、本当に残飯処理にしかならず、何だか空しい。ならば、食べたい!と思えるような、そんなおじやにしたい。そう考えた。
そのとき、お雑煮で使った花かつおの残りが目に入った。新年に食べた鰹出汁をうんと利かせた汁の美味しさを思い出す。
これだ!
私は、猛然と鰹出汁を引き、お雑煮の汁に負けないくらいの濃い出汁を完成させた。そして干からびつつあった酵素玄米をくせのない米油で炒め合わせ、鰹出汁を投入。干からびた玄米に出汁が沁み込んだのを見計らって器にとり、もみのりをパラリと載せた。
鰹出汁の汁かけ飯の完成である。
これが、なかなか悪くない味であった。
米油で炒めたことで、コクが増し、鰹出汁にまろやかさを加えている。そしてもみのりの風味が、出汁を吸った玄米とマリアージュなダンスを踊っているのだ。出来上がった際、卵を落とそうかと迷ったが、玉子を絡めなくて正解。シンプルなじみ深さが、正月料理に疲れた胃に沁みわたって、なかなか良い昼食になった。
残飯処理となると、どうしても
「あーあ、食べないとなぁ」
と、自分の食欲と相いれない状況で、口にすることが多い。そんなとき、残飯と一緒に、何かいい食材を食べたり合わせたりすると、残飯処理の悲哀が薄れる。残ったものを食べないといけない、という我慢に、少し贅沢を加えることで、心が満足するのだろう。
考えてみれば、そういった残り物でも美味しく食べたいという思いが、フレンチトーストや焼き餃子のような美味しいものを生み出してきたのだと思う。
残った食べ物を捨てるのは罪悪感がある。
それを無理して食べるのも我慢になる。
捨てるにせよ、食べるにせよ、どちらを選択しても、心のどこかでモヤモヤが残ってしまうくらいなら、ちょっとした贅沢を加えて食べてみる。そんな新たな選択肢を加えてみてもいいのかもしれない。
酵素玄米に興味を持った方へ
お読み頂き、本当に有難うございました!