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餅のなる樹であんぱんを


ソメイヨシノが散り、葉桜になると、
今度は自分の番だとばかりに、八重桜が咲き始める。
ソメイヨシノの、風になびいて、
はらはら揺れるような、儚げな雰囲気と違い、
まさにその名の如く、八重桜は花びらがひしめくように
折り重なって咲いている。
その花を一つ折って、頬の上をくるくると滑らせたら
頬紅をさしたように、顔が明るくなるのではないかと思えるほどに、
八重桜は花びらにほんわりとした色を含ませている。
実のような花を支える、葉の緑が目に鮮やかだ。

以前、栃木県の三毳山(みかもやま)に出かけた際、
たくさんの満開の八重桜を目にした。
その時は、もし、八重桜にあの緑の葉がなければ、
ソメイヨシノのように、
ちやほやされていたのではないかと考えたこともあったが、
あの緑色が、八重桜のむせ返るような花びらの束に、
何気ない人懐っこさを与えているように今は感じる。
もし八重桜が、その花だけをわさわさと揺らしていたら、
高価なドレスを着た令嬢のようで近寄りがたい。
あの葉っぱがあればこそ、重たそうに風にたゆたう姿に
得も言われぬ愛嬌を感じるのだ。

その日、私は車の助手席から、八重桜の並木道を眺めていた。
丁度いい見頃に出会うことは何とも嬉しいものだ。
愛らしい姿に顔がほころぶ。
しかし、しばらく眺めていたら、何故か口の中がしょっぱくなった。
ギューッと口の中が縮こまる。
食べてもいないのに梅干しを見ると、唾液が出るような、あの感覚だ。
どうしたものかと不思議に思っていたら、
ふと、丸いお腹のような、あんぱんの形が頭に浮かんだ。
どうやら私は、八重桜の花の色と葉の緑から、
あんぱんのへそに埋まった、桜の塩漬けを連想したようだ。
残念ながら、私という人間は、どこまでも花より団子なのだろう。
そんな食いしん坊の目線で、改めて八重桜を見てみると、
あの重そうな花と緑の葉が、もはや桜餅にしか見えなくなってくる。

風に揺れる桜餅。
餅のなる樹。

あの花が見頃のうちに、桜餅の樹の下で、
桜の塩漬けを忍ばせたあんぱんを食べたら、きっと美味しいだろうなぁ。
そんなことを考えていたら、
私のお腹が、ぐーと鳴き出してしまった。




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