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童話小説「ガルフの金魚日記26」

ランドセルをせおった秋ちゃんが、ぷくの顔を見ないで、だまって玄関から出ていきました。
「いってらっしゃい…ぷく」
 秋ちゃんは、いまでもぷくと、お話しをしてくれません。
ケンちゃんとまだ、なかなおりができていないのでしょうか。ぷく、ぷく。

秋ちゃんは、ぷくがおしゃべりできることを、ケンちゃんに話してしまったのです。でも、このことは、ぜったい、ぜったいのぷくの秘密なんです。
秋ちゃんが、ケンちゃんをつれて来たとき、ぷくは、おしゃべりせずにずっとだまっていたのです。秋ちゃんにぷくは、なんどもしゃべってって、お願いされましたけど、ギュッと口びるをむすんでいました。

すると、ケンちゃんは、秋ちゃんはうそつきだといって、おこって帰っていきました。
それから秋ちゃんは、ぷくとおはなしをしてくれません。

冬さんが、秘密なんだ、といくら説得しても、春さんがなんどなぐさめても、ゆるしてくれません。
 冬さんも春さんもほんとうに、こまってしまいました。
 こんなとき、どうしたらいいのでしょう…ぷく。

 とうとう、秋ちゃんがこわい顔をして、ぷくの前に立ちました。
 こわいです。どうしましょう。
あさがお形の金魚鉢には、かくれるところはありません。ぷくー。

「ガルフ、ごめんね。しゃべっちゃいけないこと、しらなかったの」
「ぷく」
「お父さんがおしえてくれたんだけど、すぐにあやまれなくて、ごめんなさい」
「そんなこと…、ぷくぅ。わかってくれてうれしいです」ぷく。

 そのあとで秋ちゃんはいいました。
 きのう学校で、灰谷(はいたに)健(けん)次郎(じろう)さんという人の本をよんだの。その本のなかに、「人を愛するということとは、知らない人の人生を知ることだ」って、かいてあった。
 あたし、ガルフの人生もケンちゃんの人生も、なんにも知らない。だから、ガルフの人生を知ることから、はじめようとおもうの。

そんなことをいって、ほほをゆるめると、かけていきました。
灰谷さんがいったという、「ひとをあいする…」、ぷくにはとてもむつかしくて、よくわかりませんでしたけど、秋ちゃんとお話ができるようになって、うれしいです。よかったなぁ…。ぷくぷく。

そういえば、むかし、こんなことがありました。
四季ばあさんは、いつも声を出して本を読んでいました。
あるおはなしが、ぷくのこころにとまりました。そのときの言葉です。
「人間はひとりぼっちだけど、『人の苦しみを共有できるこころ』さえうしなわへんかったら、ひとりぼっちの人間でも、たくさんの人たちとあたたこう生きていける」

 たしか、これも灰谷健次郎さんの言葉やなかったでしょうか。

 ぷくもこの金魚鉢の中でひとりだけど、冬さんや四季ばあさんとこころをつうじあえたから、おはなしができるようになったんだとおもいます。

 いや、そうじゃないのかな。
 それだったら、こころさえつうじあえれば、だれとでもお話ししいていいはずです。
 でも、それはできない。金魚のオキテ? なぜなんだ…。ぷくぷくぷく。

 なぜなんだろう。そのナゾときはむつかしくて、ぷくにはむりです。
 むりなことは、やりません。やらないようにしています。そのほうがのんびりくらしていけるから、とおもうんですけど…。ぷくぅー。
 
     明日の金魚日記へつづく

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