「コラム 6」 改めて医薬と医療費について考える

 コロナの治療薬として、ベクルリー(販売名:レムデシビル)やファビビラビル(アビガン)など8種類が治療薬として認められている。どのような症状に対してどういった効果があるのか、筆者はわからないが、さらに有効な薬の出現を望むばかりだ。

ところで、日本の製薬メーカの小野薬品がガン細胞に効く画期的な薬、ニボルマブ(商品名オプジーボ)を開発した。この薬を飲むと多くの肺がん患者に効果があり、がん細胞が消えたという報告も出てきた。

日本の製薬会社もたいしたものだ。これからもしっかり研究してどんどん新しい薬を開発してもらいたいところだ。そして、新薬が開発されることにより多くの人の命が救われ、新たな人生を踏み出せる人もいる。とても素晴らしいことなのだが……。

保険適応になったオプジーボ薬価だが、8月から11.5%引き下げられ、100ミリグラム当たり17.5万円から15.5万円になるそうだ(朝日新聞5月13日)。
これを安いとみるか、いまだ高価とみるか、いろいろな見方があるだろう。

あくまでも机上の計算だが、仮に5万人のがん患者が20ミリグラムを1年間摂取し続けたとすると、薬代だけで5600億円になる。小野薬品はすごく儲かるかもしれないが、国の医療費負担がぐんと増える。そうなると、ただでさえ厳しい医療保険の財政が、たった一つの薬のために極度に悪化することになる。

そのような新薬がこれからいくつも現れてくる。
日本が誇るノーベル賞受賞者で京都大学の山中伸弥先生が発見、開発したiPS細胞だ。これを使った『再生医療』分野の研究が活発に行われている。これまで回復しないとされていた難病の治療ができ、日本の次世代の治療と新薬開発の両面で大いに期待されている。

中山先生が作ったiPS細胞は人工多能性幹細胞と言われ、どんな器官にも変わることができ、将来は若返ることもできるそうだ。それで、このiPS細胞を使って悪くなった人の器官と交換することを『再生医療』というが、2020年には2兆円、2030年に17兆円、さらに2050年になると53兆円の市場に急成長すると予想されている。

 これまで治療方法がまったくなかった加齢黄斑変性に罹った人の網膜を、iPS細胞から作った網膜と交換し、手術は成功したことが大きな話題になった。目の見えなかった人の視力が回復し、とても素晴らしい医学の勝利だが、この加齢黄斑変性手術をする費用は1億円以上かかっているという話もある(68)。

将来的には黄班変性用に大量のiPS細胞を作るそうで、そうなると1千万円ぐらいまで安くなるという。

ところで、2012年の国民医療費は総額で39兆円余り。このうちの約8割に当たる34兆円が国からの支出になっている。

医療費は年率で9から10パーセントの勢いで伸びているが、国民総生産(GDP)、つまり日本人が稼いだ総額だが、1995年からほとんど増えていない。成長率はほぼゼロに近い1パーセント。当然、国民所得もほとんど増えていない。実感できるほど給料は増えていない。でも、物価も上がっていないから何とか生活していける程度だ。

近い将来、高額な新薬、iPS細胞の手術や処置が保険適応されたなら、現在支払っている金額からさらに13兆円が毎年国の保険金から支払われることになる。この費用を国民が負担し続けることができないのは、もはや誰の目からも明らかだ。

では、どうすればいいのだろうか。目の前に画期的な治療の方法があっても自前で払えるお金持ちしか受けられないのだろうか。

残念だが、そういうことになる(コロナワクチンの接種もお金持ちの国から始まった)。そうなると誰のための新薬開発かわからなくなる。開発費は国民の税金も使われているのにだ。

 逆に薬の価格をどんどん下げれば、利用者には嬉しいことだれど、製薬会社の収益を悪化させ、やがて誰も新薬を開発しようなどと思わなくなる。先日コロナワクチンの特許開放が問題になっていた。
 もちろん、人の生命(いのち)に軽重があってはならないが、そうはいかないのが現実の世界だ。

 高度医療を受けた個人はその後の人生に大きな喜びを享受できるが、この高額の医療費の多くは、国民全員に振り分けられる。それが年率で10パーセントもの勢いて増えているのだ(すなわち、7年後の医療費は現在の2倍弱にまで増大する)。近い将来、かけがえのない人命を救うという崇高な行為が、日本の国の命脈そのものを断ち切ることにもなりかねない。

(68)和島英樹「iPS細胞、実用化間近?治療費は1億円?数百万円の新治療法に注目集まる 難病根治に光」(Business Journal、2015年6月1日)
 http://biz-journal.jp/2015/06/post_10151.html
                          つづく

「コラム 7」 改めて弁理士と特許制度について考える
 コロナ禍が世界中で深刻さ広がる中でワクチンの製造特許を開放すると米国バイデン大統領の発言があった。
 さらに人工知能が発達し、発明そのものを人工知能がするようになったら特許制度や弁理士はどうなるのだろうか。改めて考えてみた。

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