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オリオン

オリオンDSC_1647

満天の星空と海の間に私は浮かんでいた。
ある年の冬、午後六時。場所は秋田の男鹿半島、汐瀬崎の門前寄り、通称カーブ下。
その日、私はクロダイ釣りをしていたが、あまりにも釣れないので夜釣りに突入した。
ぼんやりと光る化学発光のウキを見つめているのに疲れ、ふと空を見上げると吸い込まれるような満天の星空。
振り返るとゴジラ岩の上、東の空にオリオン座とおうし座が登場した。ゴジラとオリオンとゼウスの化身である牡牛。役者がそろい三つ巴の戦いを目の前で展開している。
西には宵の明星、ヴィーナスと呼ばれる金星が海面に細い光のじゅうたんができるほど、ひと際明るく、艶めいた光を放っている。
凛として冴えわたる寒気の中での星々の共演。
そこにいて、見たものにしか味わえない身震いするほどの感動。
いつの間にか私は宙に浮き、静かに天空に登って行く。

ゴジラ岩DSC_9848

オリオンはギリシャ神話に登場する巨人の狩人。海神ポセイドンと怪物ゴルゴン三姉妹の次女エウリュアレとの息子である。
キオス島の王の娘に恋をするが王は拒絶。眠らされ、焼いた剣で眼をつぶされたが神託に従って東へ旅をし、世界の果てで日の出の光を浴び回復した。その後、月の女神アルテミスに狩人として仕えていたが、二人の仲を快く思わなかった女神の兄神アポロンの策略により、アルテミスの放った矢で死んでしまう。
また別の伝承では、オリオンは暁の女神エオスと恋仲になり、それに嫉妬したアルテミスが差し向けたサソリに刺されて死んだとも言われている。そのため、さそり座が空に上がり始めるとオリオン座は隠れるように沈む。
オリオンの死後、嘆き悲しんだアルテミスは、ゼウスに頼んで彼を天上の星座にしてもらったという。
神々の恋模様も凄まじいものである。
オリオン座の右肩にはベテルギウスという赤い脈動変光星(膨張したり縮小したりしていて星の死が近い)があり、その対角には青白いリゲルがある。日本では源平の旗印になぞらえてベテルギウスを平家星、リゲルを源氏星と言う。星座の世界は戦いが好きなようだ。
おうし座には、大神ゼウスが牡牛に姿を変えエウロパという娘をさらって嫁にしたという話があり、エウロパはヨーロッパという大陸名になった。占星術の世界では、牡牛座は金星(ヴィーナス:ギリシャ神話ではアフロディーテ)に支配されるらしい。
どうも男は女神に弱いようだ。
牡牛座にあるプレアデス星団は日本では、六連星(むつらぼし)と呼ばれ、肉眼では六個の星が見え、眼が良い人には一二個の星が見えるという。別名あの有名な昴(すばる)である。

何かが引っ張った。
「当たりだ!」
竿を立てる。
「けっこう引くぞ!」
尺物の「ソイ」が私を天空から引きずり降ろした。
そろそろ帰ろう。刺身で一杯。
やっぱり私は俗世で生きている。

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