スランプに抱かれていた字書きの話③


【前回のあらすじ】
小説書くのやめるという話を、ずぶずぶな仲のスランプにした





【2020年冬、どん底で縄はしご】

原稿のない夜と朝は、何だかとてものんびりしている。
「うう」
冬の朝、私は布団の中であくび混じりに呻いていた。時計は午前八時を指している。仕事に行く時間だ。観念するようにのろのろと体を起こし、私は部屋の中を見渡す。
スランプはいない。

もう何も書きたくないとスランプに言ってから、数日が経っていた。あの日からスランプは姿を見せていない。私は久しぶりに一人で、仕事に行って、帰ってきたらご飯を食べて酒を飲んで、日付が変わる前に眠るような規則正しい一日を過ごしている。
あんなにも求めていた、締切に追われない生活、何も書かなくて良い生活だ。
「寒い」
身支度を整えて外に出ると、空は灰色で、しんとしていた。冬の空気だ。私は身震いして、仕事に向かう。機械的に。
何も書かなくて良い生活は、静かで穏やかだ。冬の空みたいにしんとしている。そして、どうしてか少しくすんでいる。
そんな風に感じるのも、全くもっておかしな話だった。
だって私にはやりたいことが沢山あって、けれどそのほとんどを諦め後回しにして、小説を書いていたのだ。だから脱稿して、次書かなければいけないものがなくなったのなら、これまでおざなりにしていた色んなことができるはずだった。
山積みになった未読の本だって読めるし、聞けていなかったCDだって聞ける。化粧品や服の整理だってゆっくりできる。いくつも見逃した美術館の展覧会だってまた行けるし、誘われても断っていたライブだって見に行ける。皆と気兼ねなく遊ぶ時間だってとれる。
なのに、私はただぼうっとしている。ぼうっとして、呆然として、生きている。
書かなくて良いって、こんなに地に足がついていないような心地がするものだったっけ。いいや多分、これはただ突然の自由に呆然としてしまっているだけだ。きっとすぐにまた、楽しいことに埋もれていくに決まっている。作らなくて良いって、そうなんだ。楽しいことに気兼ねなく埋もれられる。そういうのを、楽しもう。
そんなことを考えながら、私は駅のホームで電車を待つ。
見慣れた風景にスランプはいない。心はただ、静かだ。


そんなある日、私の凪いだ心に衝撃が走る。なんと、小説の寄稿依頼がきたのだ。
「えー……わー……」
上ずった声で、私はひとりごちる。そこにあるのは「嬉しい」と思う気持ちと、「この間出した本をまだ読んでないから、声をかけてくれたんだろうな」という嫌な気持ちの両方だった。こういった場に声をかけてもらえるのは、とんでもなく嬉しい。けれど、私には何も書けないのに、という気持ちもそれと同じくらいある。 
提出は随分と先だった。半年近く猶予がある。半年あれば、書きたくなるだろうか。書けるだろうか。そんなことを考える現金な自分は、一体何のために小説を書くつもりなんだろう。
「ううん……」
私は一度返事を保留させてもらい、悩む。けれど自分がどこで揺れているのかは、考えても分からなかった。友人に相談しようかとも思ったけれど、止めた。きっと皆優しい言葉をくれる。……優しい言葉をかけられたくないんだろうか。私は。
気づくと、私は立ち上がっていた。そして、今思い返しても意味が分からない行動に出る。
自らスランプに会いに行ったのだ。

「何やねん、そんなもん勝手にせえよ」
私の話を聞いたスランプが、面倒くさそうに言って温かいココアをすすった。コンビニのイートインコーナーで、私たちはテーブルを挟み向かい合っている。少しぶりに会ったスランプは相変わらずで、けれど予想していた通りの答えは別段私を喜ばせなかった。ただ、以前ほど腹立ちもしない。
「もう少し詳しく話を聞いてみて、話が思い浮かんだら書こうかなって思うんだけど」
私は勝手に話す。スランプが「だから勝手にせえよて」と嫌そうな顔をする。
「ねえ、書けると思う?」
「文字並べるだけやったら誰でもできるやろ」
「主催の人に恥をかかせないような……」
「ええかっこすんな。自分が恥かきたくないだけやろが」
その通りだった。私は黙る。
「書きたいって気持ちもないくせに、見栄だけ張んなや」
「か、いてみたい、とは思う」
「どうでもええわ、自分で決めろて」
本当にどうでも良さそうに言って、スランプがココアのカップをぽこんとへこませた。そして思い出したように「あ」と声をあげる。
「そういや前の時の、まだ謝ってもらってないよなあ」
私がスランプを叩いた時の話だ。根に持っていたのか、こちらは一度も暴言を謝ってもらったことないのに……と私はじっとり思う。が、悪いことをしたのは確かだ。私は「叩いてごめん」と謝る。
「ていうか、態度も悪かったわなあ」
「八つ当たりしてごめん」
「謝るくらいなら最初からすんなや」
「……」
「なあ、お詫びに肉まん買ってえや」
にやにやと笑いながらスランプが言う。調子に乗っている……。もう一度叩いてやろうかと思いながら、それでも財布から二百円を取り出し渡してやると、スランプはうきうきと肉まんを買いにレジへ向かった。その背中を見送り、やっぱり嫌いだなあと私は思う。スランプに比べれば、小説はどうだろう。嫌いだと言ったけれど、スランプよりは好きだ。ずっと、うんと好きだ。
小説が、私のことを好きじゃないだけで。
「文字を並べるだけ……」
私はさっきのスランプの台詞を口の中で繰り返す。
「並べてみるかあ」
「何一人でぼそぼそ言うとんねん」
肉まんを片手に、スランプが戻ってきた。ちゃっかり高い肉まんを買っている。
「文字を並べる練習してみようかと」
「寄稿の話はどこ行ってん」
「それはもう少し考える」
「言うことコロコロ変わんなあ」
呆れた顔でスランプが言った。私は向かいから手を伸ばして、肉まんを一口むしり取って食べる。「意地汚い」と罵られたら、どうしてか少し笑えた。そうだ、私は意地汚い。

それから私は、web上で短い話を書き始めた。もう書かないと言った舌の根も乾かない内に、何をしているんだろうと自分でも思う。
文字を並べる練習。文字を並べる練習。要するに、そういうことだ。私には練習をする時間が必要だった。
起承転結を簡潔にまとめる練習、話の動きを重視する練習、キャラクターの思考や台詞を体に染み込ませる練習。
練習のテーマはいつも、スランプにひどく言われたことばかりだった。結果は伴ったり伴わなかったりした。けれど一喜一憂はしないことにした。
一日一本を目標にして、すぐやめた。毎日書いても良いし、書かなくても良い。嫌になったらやめる。それで良いことにした。誰も読まなくても良い。どうせ私には何も書けないのだ。
「人前に晒しといてよう言うわ」
スランプが私を嘲笑う。肉まんを食べた後、当たり前のように部屋までくっついて来てから、スランプはまたここにいる。
「つまらん話ばっかりやなあ。いつまでやんねんこれ」
「五十本。五十音順でやっていこうと思って」
「陳腐やし五十本ないやんけ、それ。四十六やろ」
「うるさいな。あ、あと寄稿はやる」
「ふーん」
そこで興味を失ったらしく、スランプは勝手に人のベッドで寝始めた。私はそんな奴を横目に、少し短編を書き、けれど気に入らず没にして、スランプをベッドの端に押しやり布団に潜り込む。
「足冷たいねん、あっちいけや」
「そっちが床で寝ろ」
私たちは罵りあって、足を蹴飛ばしあって、毛布を奪いあって一緒に眠る。


ひと月ほど、そういう日々が続いた。私は適当に何かを書いたり書かなかったりして、その分遊ぶ予定をいくつも入れた。
しかし、その矢先に感染症が本格的に流行しだし、予定は総崩れとなる。
「最悪……」
楽しみにしていたライブがなくなり、打ちひしがれる私をスランプは腹を抱えて笑った。私はスランプに向かって枕を投げ、悲しみを呟くべくスマホを手にする。
そこで、一通のマシュマロが届いていることに気づいた。
「あ」
思わず声が出たのは、それが一月に出したあの本の、私の肉塊のような本の感想だったからだ。
あの話の感想は、実はこの時までにもいくつかもらっていた。どれも温かいものだった。それらを読む度に私は嬉しくなって、安堵して、同時に「自分にはこんな言葉をもらう資格はないのに」と、そんなことを心のどこかで考えていた。
だから、この時のマシュマロに書かれていた「これで最後なんて言わずにまた書いてください」という一文のことも、私は卑屈な自分への嫌悪も入り混じった気持ちで読んだ。そんなこちらの心情を勝手に見抜いて、スランプが案の定「しょうもな」と笑う。
「帰るわ、密はあかんからなあ」
「今更言う?」
相変わらず適当で気まぐれだ。呆れる私を無視して、スランプはふらりと帰っていった。私は再び一人になる。けれどこの間の一人の時とは、心持ちは違っていた。荒れた気持ちが時間の経過とともに落ち着いたせいだろう。だけど、それだけじゃないことも分かっている。
私はぼうっと日々の生活を送りながら、考える。頭にあるのは、マシュマロに書かれていた一文だった。
「また書いてください」
良いんだろうか、また書いても。
私は私に、書くことを許せるんだろうか。自分の生んだ物語を書きこなせないなんて、酷いことをしておいて。癇癪を起こして、もういいと泣き喚いて、もらった優しさにも正面から喜ぶことができず、趣味一つとまともに向き合えない人間が、また書いても良いんだろうか。小説を。
スランプに言えば、ここぞとばかりに馬鹿にされて罵られそうな話だった。けれど、奴は今ここにいない。
私はぼうっと考え続ける。短編も書かず、寄稿にも手を付けず、ただぼうっと考える。それまでにもらった感想を読み返して、ベッドに寝転がる。それでも自分の本を読み返せないのが、弱くて卑怯だ。
今の私は、書いても書かなくても良い。五十音は、別にいつ辞めたって良い。今だってしばらく書いていない。寄稿だって、極端に言えば今なら辞退することも可能だろう。
私は、それでもまだ何かを書きたいんだろうか。


「字書き」としての私にエッセイの寄稿依頼が来たのは、そんなことを考えていた二月の終わりのことだ。

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