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彼岸同盟 前編

住宅街のひと隅。秋の涼風がそよぐ午後。

「お母さん、珍しいお花咲いてる」

通りすがり、赤くて鮮やかな色と大きさと、
そしてその変わったかたちに、土手を見上げ
園バッグを揺らして、幼いわたしは立ち止まった。

「そのお花は彼岸花、っていうのよ。あまり
縁起が良くないお花。触らないようにね。」

珍しく足を止め、母はわたしに言い含めるようにしっかりと視線を合わせて教えてくれた。

「うん、ちょっと怖いね。チューリップのほうが好きだなあ」

最近新しくつけてもらった胸元の幼稚園の名札📛とも比べたら、子供にはとても近寄りがたいカタチに見えた。

「こんなところに、植えてる人もいるのねえ。
昔は、田んぼのネズミ避けだったのよ。
農家では、植えておくと毒があるから、もぐらも近寄らないってたくさん植えられてたの。
でも、触ってはいけないとお母さんも教えられたわ」

近寄ってもいけないような、危険なお花。

そんな風に、初めての彼岸花との対面は
わたしの思い出に残された。

じつは曼珠沙華とも呼ばれているのが、
流行り歌から逆に調べていってわかった。
学校に学生服を着て行っていたころだった。

畑でもないところに植えられるように
なった理由は

戦争中、球根に毒はあるものの、何度か晒すと食用にもなったため、人の手で増やされた、
ともどこかの本に書いてあった。

いつか大人になったわたしは、父と母の暮らす
家を出て一人暮らしを始めていた。

秋になると、何処かで目にする彼岸花は、
どちらかというと、まだ怖いけれども、
複雑精緻で、スケッチするのなら
チューリップよりずっと、挑み甲斐が
ありそうな、神秘的な花に変わっていた。

さらに数年が経ち、スーツにもパンプスにも
慣れきってしまうようになった頃。

あるとき、秋に実家に帰ったわたしは、
その彼岸花が庭の片隅に植えられているのに
気付いた。

父が病を患い、気難しくなり、歩くのも
トイレもお風呂も母の手を借りなくては
ならなくなっていたのに驚いたころだった。

「あれ? お母さん、うちに彼岸花が咲いてる。嫌いじゃなかったっけ?」

「ああ、それね。そのうち話すわ」
母は、いつものように穏やかに笑って、家事の手を止めることはなかった。

陽が短くなった秋の庭に、それはおおきな
ぼんぼりのように存在していた。

#小説 #彼岸花 #芸術の秋