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【子宮頸がんの記録#16】脱毛

その日は突然来た。

抗がん剤治療では脱毛しない人も5%ほどいる。
脱毛の程度も人それぞれで、初回では全部抜けない人が多いと聞いていた。

だけれども、私はその「5%」にも「多く」にも入らなかった。

抗がん剤投与から2週間、抜け毛が増えてきた。
5日後、歩くたびに髪の毛が降って落ちて、部屋中髪の毛だらけになった。
7日後、甘えて膝の上に乗ってきた子どもが「ママ?」と見上げるその顔に、髪の毛が降りかかるようになった。
20日後、ほとんど髪の毛がなくなった。

抗がん剤が効きすぎていて、苦笑した。
こんなに髪の毛は抜けるのだから、がん細胞にも効いていてほしいが、副作用が強いからと言ってがんの縮小効果が高いというエビデンスはないらしい。(逆も然りで、副作用が少ないからと言って効果がないわけでもないよう)


床が髪の毛だらけになり、常にコロコロクリーナーを携帯した。掃除しても掃除しても自分の髪の毛が目に入る。「もしかしたら抜けないかもしれない」「きっともうすぐ抜けるのは終わる」「ある程度髪の毛は残るかも」という淡い期待が、髪の毛と一緒にハラハラ落ちていくのが何より辛かった。


髪の毛は一気になくなり、頭皮もびっくりしたのだろう。乾燥から湿疹ができて痒くてたまらなかった。

抗がん剤治療をするまで知らなかったのだけれど、ロードオブザリングにはゴラムという妖怪のようなキャラクターが出てくる。
髪の毛が残りわずかになってなお、坊主にする勇気がなかった私はまさにゴラムそのものだった。
勇気がなかった、というよりも、切りたくなかったというのが本音かもしれない。おおかた髪の毛が抜けた今、抗がん剤に耐えて残ってくれた髪の毛がなんとなく愛おしかった。
抗がん剤治療の前にスマホで「抗がん剤 脱毛」と画像検索して、同じような脱毛の状況だった方を見たときは、ここまで抜けたらもうないに等しいのだから坊主にしよう(残り数十本しかない髪の毛を5mmほどに切って、果たしてそれが坊主と言えるのか、という問題は置いておいて)」と思っていた。けれど、同じ状況になるとどうしても切れなかった。

この頃には、諦めもついた。というよりも、抜ける髪の毛がそもそもないので「これ以上ひどい姿になる心配」をしなくてよくなったというほうが正しい。
日常的に生活していると、当たり前だが自分の目に自分は映らない。痛々しい自分の姿を自分で確認する機会は圧倒的に少なかった。だからこそ、ふいに鏡にうつる自分を見るとぎょっとしたし、悲しくなった。

まさか、自分の人生で髪の毛がなくなる日が来るとは。
モンスターみたいで、鏡の中の自分から目を逸らした。



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