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『義』  -合コン-   長編小説



-合コン-

 大輔はトレーニングを終えてシャワーを浴び、待ち合わせのために大学の最寄り駅へ向かう。夕暮れ前、駅は学生で溢れていた。

「やあ」

 前方から健斗が現れた。大輔は手を上げて答える。

「さあ、行こうか」

 健斗が先導し、ホームへ降りた。

「今日は、女の子が二人で、俺ら二人の二対二になった。まあ、二対二の方が話しやすくて良いだろう。SNSで見る限り、可愛い女の子だったよ。乞うご期待」

「そっか。まあ、なんでもいい。どんな女の子でも一緒さ」

 大輔は背伸びをしながら、やる気のない言葉を吐いた。トレーニング後の筋肉が伸び、心地よい。

「おいおい。女の子の前でそれを言ったら、嫌われるぞ。合コンを成功させるためにも、慎重に言葉を選んでくれよ」

「成功って、そんなに大事なイベントなの?」

「ああ、俺にとっては重大事項だ。お、電車が来た」

 騒がしい音と共に電車が着き、二人は混雑した電車に乗り込んだ。

 週末を控えた新宿は、湧き水が吹き出すように無数の人で溢れかえっている。色めくネオンの光が、欣喜雀躍と舞う人々を駆り立てるように照らす。大輔と健斗は、人を掻き分けながら進み、居酒屋に入った。

 店員から、小さな個室に案内される。中には女が二人座っていた。健斗は揚々と挨拶し、席に着いた。大輔は軽く会釈し、健斗の隣に座った。対面に座る女を眺めるも感情の起伏はない。横目で健斗を見ると、健斗の目の色が変わっていた。

「かんぱーい」

 四つのグラスが重なり合い、素性を探り合う会話が始まった。大輔は話題に同調し、当たり障りのない返事をする。ドリンクを飲みながら、時間の経過を待った。小慣れた健斗は、多様な話題を振り撒く。女二人は退屈せずに話が弾んでいった。

 店に入って一時間位だろうか、素性を知り得て、話題が逸れた。

「ねえ、新宿にある地下施設の話を知ってる?」

 片方の女が三人に問い掛ける。

「地下施設?」

 大輔は問い返す。地下施設、何故か聞き覚えのあるワードだった。記憶を探ってゆく。

「そうそう、最近Twitterで話題になっているんだよ。この新宿の街に大きな地下施設があるんだって。不思議だよね」

「あ、そう言えば」

 大輔は声を出した。BARで聞いた、中年男と店員の会話を想起した。眠さで曖昧だったが、二人も地下施設の話をしていた。

「え、大輔くん知っているの?」

「話を聞いたことあるだけ。詳しくは知らない」

「Twitterの投稿者は、実際に地下施設に行ってね、色んなものを撮影したみたい。でも、Twitter投稿者のアカウントが消されちゃって、今は追うことが出来ないの」

「どんな写真があったの?」

「直接見たわけじゃないけどね、聞いた話では、えっと、確か、大きな部屋が何個もあってね、その中の一つ一つに図書館があったり、トレーニングルームがあったり、コンビニみたいに食料品が並んでいたり、大学みたいな場所だって。あとね、何故だか、格闘技用のリングがあったんだって。とっても不思議な場所だね」

「興味深い。俺らも入ることが出来るのかな?」

 大輔は問い掛ける。

「無理じゃないかな。地図アプリにも出てこない場所だからね。選ばれた人たちしか入れない施設だと思う。Twitterに投稿したアカウントも何故か消されちゃったし、拡散された画像もすぐに消されちゃったって、噂。私も探してみたけれど、もう見つからなかった。陰謀論を信じるわけじゃないけど、なんか勘ぐっちゃうよね」

「ねえ、別の話をしようぜ。あるかないか分からない地下施設の話をしても、詰まんないよ。ねえ二人は、夏休みにどこか行くの?」

 健斗が強引に話題を逸らした。大輔は地下施設の話が気になったが、健斗の目的遂行の足枷にならないように、口を閉じた。女の声色と瞳の輝きが変わったため、結果的には健斗の話題の方が、楽しいのだろう。

 四人は居酒屋から出て、二軒目を探した。彼方此方と歩き回り、店を覗き込んでは、満席で弾かれる。汗ばむ陽気だが、健斗の饒舌な口調で、和やかなムードは続く。

「ねえ、大輔くん、入れるお店知らない?」

 女が大輔に問い掛ける。

「空いているか分からないけれど、知っているBARがある。美味しいカクテルが飲めるよ」

「良いじゃん。そこにしよう」

 女は声を上げた。大輔は財布からBARのストアカードを取り出し、携帯電話の地図アプリに頼りながら足を進める。新宿駅を東から西へ跨いだ。新宿に慣れた女二人の足取りは、迷いがなく軽快だった。

 BARに着き、テーブル席に着席する。人は疎らだった。

「いらっしゃいませ。先週はどうも」

 女の店員が大輔に挨拶する。大輔は会釈した。各々、カクテルを注文し、おしぼりで手汗を拭く。大輔は首を振って店内を見渡したが、吉田の姿はどこにもなかった。

 店員がカクテルをテーブルに置いた。

「吉田さん、今日はまだ、いらっしゃっていませんよ」

 去り際に、店員が大輔の耳元で呟いた。

「かんぱーい」

 健斗と女二人は声を出した。大輔は無言でグラスを重ねた。声を出そうと思ったが、吉田の事が気になり、口を開くのを忘れてしまった。

「二人はどんな男が好きなの?」

 目を輝かせながら健斗は問い掛ける。大輔はカクテルを飲みつつ、耳を傾ける。視線は店の入り口を見ていた。

「えー、ダイレクトな質問だね。そうだなあ。私は優しい人かな」

「私も、優しい人。あとはね、スラッとした男の人」

 二人の女は無遠慮に答える。

「それはよかった。俺たち優しいぞ。なあ、大輔」

「う、うん」

 大輔は吃った。

「じゃあ、健斗くんと、大輔くんは?」

「俺はね。君らみたいな女かな」

 諧謔入り健斗の話しぶりは、女の感情を揺さぶる。

「きゃー。健斗くんって口が上手いのね。そんなに褒めても何も出ないよ」

「大輔くんは?」

 女は大輔の顔に目を向ける。大輔は、入り口からテーブルへ、目を戻した。

「えっと・・・」

 大輔が口を開こうとすると、湿気を含んだ生ぬるい風が店内の冷気を剥ぎ取り、荒々しく入ってきた。入り口の扉が開き、誰かやってきたようだ。音がなく、研ぎ澄まされた無音は店内を走り回る。流れるジャズの旋律もどこか歪んだ。大輔は恐る恐る入り口へ目を向けた。


続く。


長編小説です。

花子出版 

文豪方の残された名著を汚さぬよう精進します。