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時間を管理しているつもりが・・・

 時間の管理について考えてみると、若い頃からずっと「効率的に」「有効に」時間を使うことを目指していたような気がします。中学や高校の頃には、試験前になると計画を立て、どの教科をいつ勉強するかを細かく決めていたものです。その当時は、計画通りに進めることが「成功」への近道だと信じていました。確かに、目標を持ち、その達成に向けて努力することは重要です。しかし、歳を重ね、生活が変わってくると、その「管理」自体が重荷に感じられることがあります。

 特に働き盛りの頃は、仕事に合わせた時間の使い方が求められました。朝から晩まで外来、手術、当直に追われ、時間をうまく管理できないと感じると、自己嫌悪に陥ることさえありました。時間に管理されるような生活は、まるで自分が機械の一部になってしまったような気分になることもあります。時間を「有効」に使うことが、いつの間にか「効率」を最優先する生き方になり、余裕やゆとりを失ってしまうのです。

 最近では、AIが発展し、時間管理に関する考え方も変わりつつあります。AIは日常的な事務作業や手続きなど、煩雑なタスクを自動化し、私たちが本当にやりたいことに集中できる時間を作り出す手助けをしてくれます。例えば、昔なら何時間もかかった資料作成が、今では数クリックで完了することもあります。その結果、仕事に追われることなく、自分の時間を取り戻すことができるかもしれません。

 しかし、その一方で、AIによる自動化が進むと、また新たな「効率化」のプレッシャーが生じる可能性もあります。時間を節約するために導入したはずのAIが、さらに多くのタスクを押し付けてくることになりかねません。

 シニア世代になると、時間の使い方についての考え方が一層変わってきます。もはや「効率的に」「有効に」時間を使うというよりは、ただ穏やかに、ゆったりとした時間を過ごしたいと思うようになるのです。無理にスケジュールを詰め込むのではなく、日々の小さな幸せを感じながら、のんびりと過ごすことこそが、豊かな人生の一部だと感じるようになります。

 私自身、平日単身赴任の生活を続けながら、時間の管理について改めて考える機会が増えました。仕事とプライベートの境界が曖昧になりがちな一人暮らしですが、無理に計画を立てず、自然の流れに身を任せることで、心に余裕が生まれることを実感しています。例えば、休日にバイクに乗って風を感じたり、気ままに料理を楽しんだりする時間は、何ものにも代えがたいものです。ただし、経営に関わる立場となれば、業務の効率化を人に求めざるを得ないところに、矛盾を感じたりします。追い立てるようなことにならないようにするための、効率化という面も大いにありますけどね。

 何もしない贅沢な時間も素晴らしいものです。この「何もしない時間」を自分に対して、また人に対して許せるようになるのは難しい面がありますね。時間を無駄にしないようにと焦る気持ちが、ついつい出てきます。まだまだ「時間を有効に使おう」マインドに縛られている部分は大いにありますね。

 AIの進化がもたらす可能性は確かに大きいです。時間を管理することから解放され、自分の意思で生きていけるような未来が、もうすぐそこまで来ているかもしれません。ゆとりの時間にさらにやることを詰め込むようなことはせず、のんびりとした時間を過ごせるようになるかもしれません。テクノロジーが進化が人をせき立てるのではなく、ゆったりと生きていけるような世界になるといいですね。時間に追われる生活はそろそろ終わりにして、心の余裕を取り戻しながら、豊かな日々を過ごしていきたいものです。

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