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己が期待するように届くと思うなかれ

郵便物や宅配がすんなり届くことは、私にとっては、生卵を割ったら卵黄が二つあって「わ〜双子だ!」と感動するよりも、はるかに大きな興奮です。

国によって物流事情は異なるものの、現在私が住んでおりますスペインへ日本から物を送ると、これは「物事は自分の思うようにはならない」ということを学ぶための修行なのかなと、思わずにはいられません。

自分は無力であり、力が及ばないことを受け入れ、あるがままを静観し、感情が揺さぶられないための精神的な訓練を、スペインの税関が居住者に親切心で提供してくれているのかもしれません。

お願いしていないのに私の軟弱な心を鍛錬してくれて、さらにお布施(関税)もさせてくれるなんて、なんて思慮深いのでしょう。誠にありがたいことです。

とは、もちろん思うわけもなく、毎度頭の血管をピキピキさせ、なんてシステムだ、なんて公的サービスだ、と憎々しく思うわけですが。

最近、日本の実家から、こちらスペインの島に書籍を送ってもらいました。EMS(国際スピード郵便)が海外に送るには一番速いかつ高級な方法ですが、これまでにつまずいたことがあったため、今回は国際郵便の「Printed Matter(書籍を含む印刷物というカテゴリー)」で送ってみました。航空便です。

1週間から10日くらいで届くかな〜?と思っていましたが、結果は3週間後の到着でした。ちゃんと受け取れたことで、最大に御の字なので、最短より3倍かかっても全然腹が立ちません。心の中で小躍りしました。

これまでEMSで日本からスペインに送った際、2度つまずいたことがありました。1度は、やはり書籍を送ってもらった際に、1週間くらいで早く届いたのはよかったのですが、何かよくわからない課税がされていて、配達員さんに現金で支払いを求められました。

「あんたの母ちゃんが送ったこの大切な箱、受け取りたかったら、わかってるだろう」という国からのオフィシャル恫喝です。国家というものは有無を言わさぬ合法マフィアなのだと実感します。

わかりました。払います。しかしカード払いはできない、そんなこと言われても、現金ピッタリなんて持ってないですし、「おつりある?」と聞いても、「いやーどうかなー」と言いながらウエストポーチをさぐる配達員さん。配達員さんにはなんの罪もないのだけれど、行く先々で嫌な顔されるんだろうな、気の毒に。

でも幸いなんとかおつりがあり、税金の支払いを無事完了させ、荷物を受け取れました。まあ、ちょっと税金を払って受け取れるくらいなら、大したことではありません。

問題だったのは2度目のつまずきでした。全く緊急でも必要に迫られているわけでもない物でしたが、EMSで衣類を送りました。前回無事受け取れたし、大丈夫だろうと思って、楽観的予測の上にあぐらをかいていたのです。

荷物の行方を追跡番号で見て、無事飛行機に乗ったかな、最初の機内食を食べている頃かな、長時間フライトだけどちゃんと眠れたかな、と機上のダンボール箱に思いを馳せていると、その後から追跡番号を見ても動きが鈍くなりました。

5日後にスペインの国際交換局に到着、税関検査に向かいました。何もやましいものはありません。身の潔白を証明できれば、すぐに私の手元にやってくると信じていました。

しかし、実際には1ヶ月以上足止めを食らい、その間に内容物について、あれこれ書類の提出など、厄介な手続きが。もう、課税でもなんでも払うから早く解放してくれという気持ちでした。

身に覚えのない罪で取り調べを受け、寝させてもらえず、早く家に帰って暖かい風呂に浸かって、ふかふかの布団で寝たい一心で、やってない罪を受け入れてしまう人の心情と近いものがあるかもしれません。全然違いますか?ごめんなさい。

書類手続きをした後も、ずっと進捗状況が保留になっているので、何が問題なのか問い合わせしようと、ウェブサイトを見ても、問い合わせ先が書かれていません。「問い合わせ」のページはあります。そこに、「電話受付の時間帯」も記載されています。

しかし肝心の電話番号がどこにもありません。これではまるで、営業時間を示し、のれんをかけているのに入口がない飲食店みたいです。のれんの前には行列ができているけど、のれんの先はまっさらな壁で、誰も店内には入れないのです。

Googleで見つけた電話番号にかけると、機械の自動応答だけで何もできません。相方が調べてどこかで見つけた電話番号にかけると、電話口に出た人が、ここじゃないくてあっちで聞いたほうがいいよ、と別の電話番号を教えてきて、そこにかけても全くらちがあかないという、防災訓練のバケツリレーのように次から次へと横の人に渡され、見事なたらい回しにあいました。

当時ベルリンからスペインへ引越したばかりだった私たちは、精神的負荷、消耗を思うと、この国に住み続けるのやめたほうがいいんじゃないか、という疑問が一瞬よぎったほどでした。

この税関手続きを担っている施設(adtpostales)のGoogleマップのレビューを見ると、荒れ狂っていて笑えます。

五つ星中で1.2という、世にも恐ろしい低評価です。レビューは1700件以上あり、私の苛立ち以上に、怒り心頭の人々の評価コメントが熱量高く書かれていて、同じ痛みを経験した者としては、共感で心温まり、微笑んでしまいます。

「スペインでは全てがうまく機能していませんが、これは受章級です」
「恥を知れ」
「完全なる悪夢」
「人道的支援に対する絶対的な侮辱」
「完璧に無能」
「21世紀にこんな侵害はありえない」

なんて豊かな表現力なんでしょう。こんな言い回しで怒りを描写できるのかと語彙力が極貧な私は感心してしまいます。理不尽なことに対する憤りや嫌悪の表現力を磨きたい場合には、このレビューを参考にすることをおすすめします。

国際郵便とは別の話になりますが、ある日の新聞で、郵便局の配達員が、配達すべき封筒たちをドブ川の土管の中に捨てていたのがニュースになっていました。地面に撒き散らされていた封筒たちの中に、ロマンチックな恋文とか(今時ないか)、誰かが送った謝礼のギフトカードとか、合格証書とか、または別居している妻が夫に送った離婚届とか、何か大切なものが入ってなかったのだろうかと私は心配になりました。

土管の中に投げ捨てずにはいられなかった配達員さんの心情、背景は知る由もありません。配達員がどんな人だったのか、10代の学生バイトだったのか、はたまた50代のシニア配達員だったのか、その日、その配達員さんに何があって、どんな事情があって、配達すべき封書たちをぶちまけたのか、ミステリーです。

いずれにせよ、ああ、この国の郵便は、宝くじよりはマシなギャンブルくらいに捉えて、届けばラッキー程度の心持ちでいた方がいいんだなと思いました。語弊が大いにあるので付け加えておきますが、国際郵便とは異なり、国内の郵便はだいたい届きます。100%ではないですけど。

郵便物の届く喜びを噛み締める話でした。


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