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いつでも開いてると思うな島の店

いつもどこでもできると思うなコピーとプリント。「いつまでもあると思うな親と金」みたいにスッキリ言いたいのですが、うまくいきません。

なんの話かと言いますと、プリンターの話です。

日本ではUSBに保存した書類を印刷しようと思ったらコンビニに行っていました。今自分が住む島には日本でイメージするコンビニはありません。

バリエーションの少ないお菓子やジュースを売るちょっとした売店はありますが、コンビニの窓際で会えるあの大きくて四角い、落ち着いて頼り甲斐のあるグレーながっしりしたボディ、マルチタスクをこなす秀才マシーンは、ここにはいません。

この島に越して初めての春、私はダウンロードした書類を印刷したいことがたびたびあり、Googleマップで検索して見つけた近所の印刷屋さんに行っていました。そこは業務用印刷機を販売しているお店で、がっしりボディのグレーのマシーンが並ぶ店頭では、印刷サービスも行なっています。

日本の感覚だと、コピーや印刷をしたい時、自分でコインを入れて勝手に操作しますね、そうですよね?ですが、ここでは、客は神聖なるコピー機にタッチはできません。

カウンターに行き「こんにちは」とおばさんに持ってきたUSBを手渡します。するとおばさんの目の前にあるパソコンに私のUSBを刺し、私のあんなものやこんなものが詰まったUSBをおばさんがバッと開きます。

そして「どれ?」と聞くので、「これ、このファイルに入ってるの全部お願いします」とカウンター越しに身を乗り出して伝えると、おばさんが私が印刷したいドキュメントを開きます。

おばさんは印刷設定を開いて「白黒?カラー?両面にする?」と聞いてくれるので、自分の好みをリクエストします。

島では、何を印刷したいか人に見られず、人と会話せず、印刷をすることはできません。私は何もやましいものを印刷する訳ではありませんが、喋るのが苦手なので汗をかきながらリクエストを伝えます。

おばさんは表示されている読めない文字を見て「あなた日本人なの?文字すごいわねー、ははは」と言いながら、印刷設定をして、頼んだ書類は次々印刷されます。

印刷された紙はおばさんが白い薄い紙袋に入れてくれて、私は料金を払います。「レシートいる?」「はい、ありがとう。良い1日を。さようなら〜」とお店を出ます。

印刷一つでも、あまり喋れない私としては覚悟を決めて行くことなのですが、おばさんは優しいですから、汗をかきますが文句はありません。

さて、問題はと言いますと、この島の店は昼に一時閉まります(シエスタ)。そして土日に休業します(土曜は午前だけ空いてたり)。だから、15時に印刷したいと思っても夕方まで待たないといけなかったり、週末思いついても月曜日まで待たないと、となったりします。

ある夏の日、私はいつものおばさんがいる印刷屋さんに出かけました。ちゃんと営業時間を調べて開いてるはずの時間に行きました。しかし、閉まっています。ドアに張り紙があるのを見ると「8月休業」と書かれていました。

8月休業。1ヶ月休むの?とのけぞりました。後に知ることになりますが、この島では8月商いを休むことは普通なようです。暑すぎてやってられんよ、とか、子どもたちが休みだから家族で休暇、とか、8月に働くなんてどうかしてるよ、とか、理由は知らないのですが、島のいろんな商売が8月は停止します。

私はただUSBからプリントアウトしたいだけ、なのですが、8月にそれをしたいというのは、私の方がどうかしているのか、と思うほど、一苦労でした。

まず、近所の小さなコンビニ風の売店(だいたいそういう店はインドかパキスタンかの人たちが営業している)に行ったら、「プリンターが壊れている」と言われ、そこからすぐそばの文房具店に行ったら「印刷サービスはしてない」と言われ、写真プリントのお店に行ったら「書類の印刷はしてない」と言われました。

全て数百メートル内で数十分内に起きたことなので、大袈裟にわめくほどのことではないのですが、鮮やかな連敗っぷりに、一体この町の人々はどこで印刷しているんだ、と私は困惑しました。

書類の印刷はしていない、と言った写真プリント店のお兄さんは「でも10m先の売店はやってるよ」と教えてくれたので、売店の(もちろんインド系のお兄さんが座っている)レジに行くと「USBからの印刷はしないんだ。このGmailに添付して送って」と言われました。

その店用のGmailに、私が自分のメールに印刷したい書類を添付して送ると、レジ内のお兄さんが客から見えるパソコンの画面でメールを開いて、添付書類を印刷してくれる、というシステムです。

個人情報を気にする方には白目をむく話かもしれませんが、ここでは、メールアドレスは誰からでも見られるもの、印刷したい書類は人に見られてしかるべきものなのです。

インド系のお兄さんはGmailアドレスを指差し、ここに送れと教えてくれるのですが、私のスマホは手元にあるものの、印刷したい書類はUSBにしか保存されていないので、その場ではメールに添付して送ることはできません。

念力で私のスマホにPDFのデータが飛んでくれれば何の不自由もありませんが、そんな神通力はありませんから、人間はちっぽけで物事は不自由なものです。

USBという便利な代物も、パソコンに接続してもらえなければ、親指サイズの小さな長方形のプラスチック以上の何者でもありません。どんなに中に価値のあるものが詰まっていても、押し黙ったままで誰にも伝わりません。エアコンやアイロン、冷蔵庫など、どんな生活必需品も電気がなければ、ただ静かに黙って鎮座するだけの物体であるように、なんの役にも立ちません(アイロンは鈍器になるかもしれませんが)。

私は家を出てから、印刷屋→売店→文具店→写真屋→売店、そして、再び家に戻りました。パソコンでメールの準備をして、また先ほどの売店に汗をかきながら歩いて戻り、店頭でメールを送信、レジのお兄さんに「今メール送ったから印刷お願いします」と伝え、その場で印刷してもらい、無事私の8月の印刷は達成されました。

そんなに面倒なら、プリンターを家に買ったらどうか、と思われるかも知れません。一応購入も考えて調べましたが。仕事で毎日印刷が必要、とか、あればなのですが、私はそこまで使わないので、年に1、2回あるかな、くらいの頻度ですから、プリンター、インク、紙を買うほどの動機づけには不十分で、検討の末却下しました。

その上、我々は引っ越しが多かったので、極力モノの所有を増やしたくありませんでした。そうすると、たまにプリンターを探して歩き回るのは許容せざる終えません。暑かったですが。

島は、不便なこともありますが、聞く店、聞く店、みんな優しく対応してくれて親切でした。「ここもダメなのか」ズコーッと鼻の頭に汗をかきながら笑って相殺されました。

前住んでいた街、ドイツでは、「NO」と一言で、ないものはない、できんものはできん、で終わっていたので(それは私のドイツ語力が困難にさせていたのかもしれませんが)、それに比べれば、しょんぼりせず、「印刷クエスト・ロールプレイングゲーム」といった出来事でした。

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