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お嫁さんになりたかった私が、アナウンサー試験を受けるまで

こちらのアンケートにご協力いただきました皆さまありがとうございました!
無事に集計が済みましたので、「婚約破棄からのアナウンサー試験」の思い出を4割のフィクションと6割のコメディをええ感じにブレンドして綴ろうと思います。

しょうらいのゆめは、およめさん。



はなちゃん、ゆりぐみ4歳

私の一人称が、まだはなちゃんだったころ。
どうやら、将来の夢は花嫁さんだったらしい。
自宅の押し入れに仕舞われていたガラクタ、もといお誕生日会での図工作品(手形と将来の夢を書いた紙のメダル)には、担任のこずえせんせいの綺麗なひらがなでそう書かれていた。
だれかのお嫁さん。今では、自分自身が結婚するイメージなど1ジンバブエドルも持てそうにないが、実は人生で一度だけ「この人と一生を共に過ごしたい」と思えた人がいる。

3つ年上で、背と手が大きいスポーツマン。
バスケの試合の応援のために、苦手な早起きして、不格好なおにぎりを作って、たまごやきとウインナーをパックに詰め込んだ。
ルールも知らず、それまで興味もなかったバスケットボールの雑誌を買い、応援のときには体育館中の誰よりも大きな声を出して、恋人の名前を力いっぱい叫んだ。

見るのも無理だった生魚、苦手だった芋焼酎が、その人のおかげで好きになった。
秋に優しい匂いを放つ小さな花が、"金木犀" だと私に教えてくれた。
USJのジェットコースターに乗ったあとは一緒にふらふらと地上を彷徨い、私が生まれた秋には大好きなかすみ草の花束を貰った。

20代前半をずっと一緒に過ごし、二人だけの思い出を積み重ねてきた。
婚姻届も事前に書いて、あとは二人の実家に挨拶を済ませるだけ。
これまで父親と縁遠く、異性との接し方がわからなかった私にも、ようやく家族ができる。両手で抱えきれないしあわせが、きっとたくさん待ち受けているはずだった。
しかし、世の中というのはそんなにうまくは回らないようにできている。
私が彼のご両親の顔を見る前に、恋人という関係性ではなくなった。
鈍臭い私が気づかないうちに、彼には本命の婚約者がいたのだ。(なお、彼に誠実性が感じられないと指摘したのは、食事会の料亭で初めて顔合わせをした私の母だった。こちらは、長くなる上に本筋からズレるので割愛する)

「騙してて、ごめん。でも本気で好きだったから」
「現状維持で、ずっと一緒にいられないのかな?」


不思議なことに彼は罪悪感がない様子だった。そして、「今日の晩メシ、目利きの銀次にする?」くらいの軽いノリでこう告げた。

このまま、二番目として生きるっていうのはどう?



ただ、眩暈がした。ショックだった。
私が一番許せないこととして、花太郎さん(花屋の父親)に傷付けられた話を打ち明けたときに真剣に聞いてくれた恋人は、父と同じことを私に強いた。
一〇〇パーセントあり得ない。裏切られた。悲しみと怒りが混ぜこぜになって、またしても「選ばれなかった側の人間」なのだという黒い点までべったりとくっついてくる。
当時、暮らしていた千葉のアパートには、ふたりで過ごした思い出や、彼の残したものがあまりに多過ぎて、家のなかで眠ることができなくなった。
目の下のクマが濃くなり、いつも大切に身に付けていた薬指の指輪を外した私を見て、職場の同期は何も聞かずに見守ってくれた。

半年ほどの時間が経ち、ようやく涙も出なくなったころに、私のなかでどうしてこんなことになったのかという【復讐心】が湧いた。
なぜ、嘘をつく男だと見抜けなかったのか。
どうして、私は彼の一番になれなかったのか。

※注※性別を問わず全ての人間に「順位」なんて決して付けられないが、このときは正常な判断が出来ず真剣にそう思い悩んだ。

いや、ちょっと待ってよ。そもそもどうして私が二番なんだ。
彼が二番目でいてくれと願った私は、だれかの二番目で収まる女じゃない。
彼だけじゃない。家族を顧みず、父親という役割を放棄した花太郎さんにも、わたしを、わたしたちを、一番にしなかったことを後悔させてやる。
鬼に大事な家族を奪われた炭治郎のように、死刑囚に大切な父を奪われたアシリパさんのように、自分をジャンプ漫画の主人公として捉え、明後日の方向に身勝手な復讐心が向き始めたーーそんなときだった。
当時、働いていた大学での契約期間満了が迫り、他にも良い仕事はないかと求人を探していたところに転機は訪れた。
地元の放送局で未経験者、新卒歓迎の【契約アナウンサー】の公募を見つけたのだ。

もう、これしかない。

アナウンサーになって、社会的地位を得て、手が届かない場所へ私は行く。この方法であいつらを見返すしか道はないわ

今考えると、本当に短絡的で無謀な挑戦にもほどがある。
けれど、このときのわたしには空いた心の隙間を埋めるために、何かに没頭し、集中力と時間を費やす必要があったのだと思う。

かくして、不適切にもほどがある邪な理由からアナウンサーを目指して奮闘する日々が幕を開けた。

→続くかもしれないし、続かないかもしれません



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