#4.ショートショート「ハチミツ味の飴玉」


私はプロのミュージシャンになりたかった。
あの光輝く憧れの舞台で
あのドームを埋め尽くす程の大勢の観客の中で
視線も熱気も歓声も
ライブをしたその日の夜は
あの月や、あの星の明かりさえも
全部、全部、私が独り占め。

そんな誰もが1度は描く夢を抱いて
今は暗く冷たい路の上で
私は今日も歌を歌う

でも、
いつも観客は集まらい。
みんな素通りで私の歌なんか聞いてはくれない。

こんな筈じゃない!
私はもっとできる!!
こんな所で燻っている場合じゃないの!!

早くあそこに辿り着きたくて
焦れば焦る程、
あの場所との距離は遠のいていく。


私の声は届かない
誰の心にも響かない

やっぱり
私には無理だったのかな…

いつしか私は夢を諦めかけていた。

そんなある日、
フードを被ったいかにもな怪しい人が近寄ってきた。

「いつも遠くの方で見ていました。
あなたには可能性がある。
私はあなたのファン第一号です。」

そう言ってポケットから飴玉を取り出した。

「この飴をどうぞ。
この飴はあなたの夢を叶える不思議な飴です。
気が向いたら舐めてみてください。
きっと、そこから世界は変わるでしょう。
これからも私は遠くの方であなたの事を見守っています。」

最初は当然疑った
でも、あんな事を言われたら、、、

試しに1つ舐めてみた
ハチミツ味のとても甘い飴玉だった。

すると、最初はギターを弾く手が思い通りに
それはまるで別の生き物が弦の上を走り回るかの様に動いた

これはすごい!!

次の日、2つ目を舐めてみた
すると今度は、自分の理想の声質になった

本物だ!
このハチミツ味の甘い飴玉は
夢を叶える幸せの飴だ!

4つ、5つと舐めてみた
今までは届くことのなかった音域に
人の心に刺さる歌詞が描けるように

もっと、もっと、もっと!!!

いつしか自分に自信がついていた
誰もいなかった路上が観客で溢れかえり気づけばステージの上へと変わっていた。
フードを被った怪しい人はいつも遠くの席で笑っていた。

しかし
花の様に咲くのは一瞬だった。
諦めかけていた夢が現実になろうとしていた頃だった

次第に指が動かなくなっていった
声が出せなくなっていった

「飴をくれ、、、早く、あの飴をくれ、、、、」

何も考えられなくなっていた。
あのハチミツ味の飴玉のことしか…

「本当に夢を掴める人間はほんの一握り。
夢っていうのは困難を乗り越えた先にあるもので
当然、何処かで挫折し、甘えに縋りたくなることもあるでしょう。
でも、甘えたら最後、抜け出すことなんて出来やしない。
そんな弱い人間が本当の夢なんて掴めるわけがない!
あぁ、なんて弱い生き者なんだ。
だから人間ってのは面白い。」

あぁ、なんだ。
この人は夢に向かって頑張る私を笑って応援してくれていたんじゃない。
今の無様な姿になる事を想像して、壊れていく人の過程をただ楽しんでいただけなんだ。
最初から
私なんてものは見てくれてやしなかったんだ、、、

「飴、を、、く、、、、飴、、く、、れ、、、」



人の不幸は蜜の味――。

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