#12.ショートショート 「夢を叶えた壮年」

※壮年(そうねん)…20歳頃〜60歳頃と幅広く定義されていることもあるが、ここでは25〜44歳頃の人を指す。


ここに夢を叶えようとする青年がいた。
そこに夢を叶えた壮年がいた。
壮年は言った。

「やめておいた方がいい。
 お前が思っているような場所じゃない。
 生半可な気持ちならやめておけ。」

青年は怒った。

「俺は本気なんだ。人に夢を見せているあんたがどうしてそんなことを言えるんだ。今の言葉を取り消せ。」

壮年はバカにするわけでもなく、憐れむわけでもなく、ただ叶えようとする青年をじっと見つめた。
何も知らないくせに全てを知っているかのようなその態度が余計に腹立たしかった。

「取り消さないのならば今はそれで構わない。でも、自分が夢を叶えてもう一度会った時、その時にはちゃんと俺に謝れ。」

そう吐き捨て壮年と別れた。

今に見てろ。
すぐに夢を叶えてその高い頭を下げさせてやる。

あの時、そう意気込んだはいいものの
夢を叶えるという事はそんな簡単な話ではなかった。

努力がなかなか実らない、もどかしさ。
他の奴らに先を越される悔しさ。
時間だけが過ぎていく虚しさ。(むなしさ)

周りの友人らは仕事に就き、そして昇進して結婚していった。皆んな次のステージへと歩いているのに、自分はその場所で足踏みしている。まるで独りだけこの世界に取り残されているかのようだ。

焦り


今まで育ててきてくれた親に対して、いい歳にもなって未だに仕送りの一つもしてやれない。

惨め  (みじめ)


だからと言ってもし、諦めたらこれまでの時間が今までの努力が全て無駄になってしまう。


恐怖

いつの日か、俺に夢なんて本当に叶えることが出来るのかという不安が襲ってくるようになっていた。
そして、それに蓋をするかのように自分より下だと思う者を見て安心している自分がいることに気づいた。

上だけを目指して頑張っていたはずなのに…いつから俺はこんな奴になった…

情けない…

情けない、情けない情けない情けない情けない!


こんな筈じゃなかった。
自分ならもっとできると思っていた。
考えが浅はかだった。
きっと夢を叶えたあの壮年も今の自分と同じような経験をしてきたのだろう。
決していい事ばかりではない。むしろ辛い経験の方が多い。
泥水をすするような、血反吐を吐くような苦しいことの連続があることを知っていたから。
だからあの時、やめた方がいいと諭してくれたのか…。

だけど…いや、だからこそ、それらを乗り越えて辿り着いたあの場所はより一層楽しくて
見ている人たちは夢を叶えた者たちのことがキラキラと輝いて見えて、人はこの世界に憧れるんだ。
だから諦めない。
こんなところで終わってなるものかーー。





あの日からどれだけの月日が流れただろう。
青年はついに夢を叶えたのだった。

しかし、辿り着いた先は自分が思っているような場所ではなかった。

嫉妬から来る醜い足の引っ張り合い。
権力者に媚びる者達。
皆が思い描く虚像に近づけなきゃいけなくて自分を騙して嘘を演じ続ける毎日。


自分がほんとになりたかった者って一体…


「やめておいた方がいい。
 お前が思っているような場所じゃない。
 生半可な気持ちならやめておけ。」

ふとあの時壮年に言われた言葉が脳裏にこだました。

…そうか。
あの壮年は挫折とか苦い経験とかそういう事じゃなくて…
だから俺に諭したんだ。やめた方がいいのだと。


これが  ‪”‬夢を叶える‪”‬  ということか…


いや、でも…それを知ったとしても今更、もう遅い。

なぜなら青年はあの時会った壮年よりもずっと歳をとってしまっていたのだから。

夢を叶えた青年は約束通り壮年に会いに行った。

「あの時はすみませんでした。」

そう言ったのは青年の方だった。

「…大きくなったな。」

壮年はバカにするわけでもなく、憐れむわけでもなく、ただ、夢を叶えた青年の肩を優しく叩いた。

「あの時の自分はまだまだ覚悟が足りていませんでした。
 自分の事なんて何も知らなくても、夢を叶えることがどれだけ大変なことか。分かっていたのはあなたの方でした。しかし、私は人に夢を見せることが仕事ですので…」

そう深々と頭を下げて壮年と別れた。




ここに夢を叶えようとする少年がいた。
そこに夢を叶えた壮年がいた。
そして壮年は言った。

「夢は見るものじゃない、叶えるものだよ。」

辿り着いた先が自分の思っている世界と違っていたとしてもーー。

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