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PDCAはくもんの指導者に馴染まないと思うんだけど。。。

くもんの指導者には、年間20単位約30時間くらいのお勉強が義務付けられている。足らないと翌年の指導者としての資格がとりあげられる、、とまではいかないがそれなりのペナルティを食らう。
この制度はおそらく公文式ができた当初からあると思われるので70年近く続いているのではないかと思う。その歴史の中でさまざまな学びを指導者は重ねてきた。はずである。

手元にある50年前の資料を見るとテーマは「乳幼児」「障害児(今はこの呼び方はほとんど使われない)」「特別研究生」などの言葉が並んでいる。自分が指導者になってすぐの講座テーマは「小4J」とか「小6L」といった進度に関するワードや「優秀児」「教材(改訂が頻繁にあったため)」などの言葉が多い。ゆうて、私の興味関心のあるテーマのものしか残していないので、他のテーマも色々あったことだと思うが記憶が薄い。

ここ数年はコロナの影響で、zoomでの形態になり、局員が講師の講座が増えた。コロナは講座の内容にも影響を与えた。
コロナが猛威を振い始めてからと言うもの、教室をどう運営するかは、二転三転した。一年くらい経った頃には、いかに感染を防ぐか、よりも、保護者がどう感じるか?を基準に、「マスク着用」「手洗い」「換気」のあり方が変わっていった。感染を防ぐ有効な手立てに確信が持てない、にもかかわらず何かやらなきゃならない。では何をして何をしないかの選択の基準は?そうだ「世間がどう思うか?」だ。そして、教室運営の一番重要な価値観が「顧客満足」となっていった。

この数年間は、講座のテーマは「顧客の視点」「顧客満足」「果因論」(ここでの果は顧客満足)といったワードが多数。とはいえこちらも自分の記録に残ったものだけ。正直ここ数年はほとんどまともに講座を受けることがなかった。内容に不信感や不満が多すぎて気持ちが悪くなってしまうことが多かった。生徒保護者を「顧客」って、、、かいてるだけでも気分が悪い。
が、今年度(2024)に入ってから途端に「顧客」ワードがない講座が連続している。ワンチームゼミという年間を通して実施される講座に参加しているが、何があったか知らないが、「顧客」、出てこないんだよね。理由は不明。

さてコロナの期間に多様yされるようになったワードに「PDCA」がある。(やっとタイトルに繋げられた)なぜかこの頃、特に注目された思考パターンとして推奨されたのがPDCA。zoomで図示しやすかったからかな?『みーんなしってるよね!当たり前でしょ』的に今は使われている。
私だってPlan ,Do,Check,Actionは知ってるぜ!「ほう・れん・そう」とか「カンバン方式」とかみたいに、組織で意思決定するときや行動指針を打ち出す時に使われる何かだと認識している。
悪くない、いいと思うよ、みんなでなんかするときにはぜひ取り入れたい。問題解決へとつながる手法(?)だと思う。
だが指導者向けの講座にこの言葉が登場するとき、なんかピンボケなんですよ。
何をPlanし、DoしてCheckするのか?Actionに至っては中身がない。結局「やらない」というActionで終わっちゃうような議論。なんなん??と言う気分で話を聞くハメに。
指導者が教室運営をする上でチーム戦略を練る上では有効なのかもしれないけど、指導者が生徒指導する、教室運営する中で自分一人でPDCAって、、なんなん(再び)???

教室で生徒と対峙するときに考えること、やることは、「さて今日はなんの教材をどんなふうにさせようか?」「宿題でどこ渡そうか?」と考え、「今日ここ一枚やったら見せて」「同じのあげるから明日、も一回やってみといて」「わからんかったら持ってきて」「声に出して読んでみて」「一人でやってみて」etc.と言う。
まずは、観察(Observe)をし、このままか調整幅(枚数、教材、時間)を見極め(Orient)、「もうちょっと自分で頑張れ」「やっぱ持ってきて、一緒にやろう」と決定(Dicision)し、やらせる(Action)。OODA(ウーダ)と言うらしい。細かく言うとOOD はループしてて2個目のO(Orient)は360度四方八方の中から選び、DはOに戻るかAに進むか分岐している。フローチャートにするとわかりやすい。そしてAのあとまた最初のOにかえる。教室ではこのループを繰り返しているのだ。
元々アメリカの軍人さんがミサイルとか打つ時のどこを狙うかよくみて、照準を合わせて、タイミングを合わせて、うつ!の動きから発したものらしいのだが、教室での指導者の行動も似てる気がしている。

さて、PDCAに戻るが、何がいかんと言ってるかというと、
Planが何にもよらず、とりあえずやってみよう、のPlanになってしまってるからCheckのとき、「やっぱダメだわ」Action=もうやらない、になってしまうんじゃないか。そしてまた次のPlanも前の失敗を糧にすることなくただリストアップされたプランをDoするだけ。「講座で勉強したから」「〇〇先生に言われたから」「保護者から言われたから」みたいなPlanをただただ遂行して、「ダメだった」結論を繰り返している。
しかし、ほぼほぼこんなことまで考えずに『「PDCA」ありがたやー、、、で?「PDCA」って何?』と聴いてる人がほとんどなんだと思う。

この言葉の使い方・聴き方の曖昧さこそ研究会提供の講座の弱点だと言いたい!
「講座」なんだから、ちゃんとわかるものにしてほしい。聞き手によって理解が違うなんてことにしないでいただきたい。理解の深度に違いがあるのは仕方ないにせよ、別物として理解(誤解)されてはならない。講座をする側も聴く側も、もう少しシビアになるべきではないだろうか?



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