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【インタビュー】着物の敷居を低くする 装飾する写真家の物語


着物を着て歩く場所と聞いて、思い描くのはどんな場所ですか?
成人式、卒業式、結婚式…
着物は多くの人にとってハレの場のもの。特別な1日のために着るもの。
自分を彩るもの、ファッションの選択肢の一つとしての着物には、触れたことがない人も多いのではないでしょうか。

長野県で着物を切り口に活動するクリエイターであり、“ゴスロリカメラレディ”を名乗る有阪Hellcatさんに、衣服としての着物の楽しみ方を語っていただきました。
有阪さんの世界でゴスロリと着物はどうやって共存しているのか。そして、なぜ着物がハレの日のものから普段のファッションになっていったのか。
いつもの景色の中で着物を着るというあり方が、読んだ方に届きますように。


https://twitter.com/arisaka_hellcat
https://www.instagram.com/arisaka_hellcat/


アンティーク着物にひとめぼれ

着物を着るのは本当にたまになんです。着物歴って、よく聞かれるんですけど、ちょっとわからなくて、気づいたら、という感じでした。
仕事を通じて、着物ってすごくいいなっていう思いがあったんですよね。
高校を卒業して写真の専門学校に行って、その後20歳でブライダルがメインの写真の会社に入りました。前撮りとか当日のスナップ撮影をやっていたんですけど、前撮りだけで着物着るっていう方が結構いらっしゃったんですよ。
若いときは浴衣を夏に何回か着るぐらいの程度で、着物も最初は自分で着付けできなかったので、着付けをしてくださる着付け師さんに頼んで着ていました。
今だと着付けだってYouTubeで勉強できるじゃないですか。
今40歳なんですけど、私が高校生ぐらいのときは簡単に動画を見て学ぶことはできなかったので、ファッション誌を見たり、浴衣を買ったときについてくる着方の説明書を見て覚えたりしていました。

初めて着物を買ったのは20代の頃です。
成人式の撮影を担当したときに、大正ロマン風のコーディネートで撮りたいっていうお母様がいらっしゃったんです。娘さんもギャルだったんですけどノリノリで。そこでKIMONO姫みたいなコーディネートを知って、なんてかわいいんだと思って。

※KIMONO姫 (もう発刊していないのでナカザワの私物、たまに中古で買える)
カジュアルに、個性的に、自分らしく、自由な着物の着方を提案していた着物雑誌。2019年に「KIMONOanne」にリニューアルした。


それで、着物屋さんを紹介してもらって、着付けもできないのに着物を買っちゃったんです。
それからは着物屋さんのイベントに写真を展示して参加させてもらったりしていました。

ロリータ好きは着物好き

私、銘仙が好きなんですけど、あの時代のものって、勢いがあるというか、面白いものが多いんです。

※銘仙 
糸を染めてから織る、平織の絹織物。大正から昭和にかけて、普段着として着用されたきもの。カラフルな色遣いやポップな柄物などが多い。大正ロマン着物と言われるとこのあたりイメージされる方も多いのでは。

北野恒富「足利本銘仙」(フリー画像)


もともとゴスロリファッションが好きで、デコラティブなものが好みなんですけど、着物だと、ゴスロリミックスの着付けができるんです。

ロリータが好きな方って着物にはまる方もすごく多いんですよ。
着物もロリータも季節感を大事にするんですよね。
着物って、”6月向けの柄”とかあるんですけど、ロリータも同じなんです。レモンだったりとか、藤の花、チューリップとか、クリスマス柄とか。そんなの、12月しか着られないんですけどね。こういうものが好きな方って着物にはまる方も多くて。
あと、決まった規格の中で遊ぶというところも同じですね。着物って形一緒ですし、基本的なルールを踏まえた上でいろいろ遊ぶ、そういうところにも、共通点があると思います。


実際に着物を着るときは洋装ミックスの方が好きですね。中にブラウスを着て下にプリーツスカートを履いたりとか。
そちらの方が好みですし、イベントだとあえてそういう着方をすることもあります。そのほうが、面白いねって見てもらえるので。

自分が写真展をやるときとか、ちょっとイベントに出かけるときとか、若い方だと洋装ミックスの方が刺さると思って。
洋装ミックスの方が、長襦袢(着物の下に着る下着)がいらなかったり、着物独特の小物を揃えなくても着られたり。着物の下にブラウスとスカートを履いてれば、出先で疲れたら着物を脱げるんです。
もちろん、自分が楽しいから着てるということが一番なんですけど、結構、覚えてもらいやすいですね。カメラマンとしてやっぱり覚えてもらえる方がありがたいので、インパクトある方がいいです。


着物と洋服の境目

着物と洋服の違いは、あんまり考えたことないですね。夕飯のメニューを決めるみたいな感じです。和食と中華、どっち食べようかなというのに近いです。その日の気分。
基本洋服の方が私は多いので、気分転換に、たまには着物着ようかなとか、行く場所によって変えています。どうしても汚れそうなときとかは洋服で行っちゃうし。
着物はファッションの延長線上にあるという感じですね。


着物の場合、試着して買うことがあんまりないんですよね。
私は150センチで背が低いので、昔の着物がよりどりみどりなんですよ。
今まで身長が低くてよかった、と心から思うことってなかったんですけど、古い着物にはまったら、この身長でよかったなと思います。

着物ならではの良さはほかにもあって、ピンクのワンピースは着れなくても、ピンクの着物だったら着られちゃうとか。
逆に、年を取った方がかっこいい着物もありますよね。大島紬とか、若い方が着ても素敵なんですけど、グレイヘアの方がさらっと着てるときの素敵さはまた違うんですよ。

※大島紬
奄美大島の伝統的工芸品で、平織の絹織物。糸を先に染め、織りながら繊細な絣模様を表現している。染めるのにも織るのにもとにかくめちゃくちゃ技術と手間がかかっており、世界的にも最高峰と呼ばれる高級織物。渋い見た目、軽くてしなやかな着心地でナカザワも大好き。

洋服の場合、年を取ってから着た方がかっこいいっていうものって少ないような気がするんですけど、着物の場合はめちゃくちゃあるなと思っています。
あと、若い頃は全然興味なかった絞りの着物に興味を持ち始めたりとか。
歳を重ねても楽しめるのがいいと思います。

※絞り
絞り染めのこと。布を糸で括ってから染め、括った部分に色がつかないようにして模様を出す技術。絞り方にも種類があり、それによって様々な模様を描く。


「しふくのわふく」で着物の敷居を飛び越える

着物を着るっていうことの敷居の高さをどんどん低くしていきたいなと思って、SNSで発信しています。


近所でも着物を着て行ったら改めて楽しいですし、気分が高まる。それで、いつもの街を着物で歩くっていうテーマで撮ろうと思って、「しふくのわふく」っていうシリーズを今撮っています。
ちょっと古い町並みが残ってるところだったりとか、美術館だったりとか、そういうところは着て行きたくなりますよね。


2020年ぐらいから撮り溜めていて、いずれは個展もやりたいなと思っています。
モデルをやってくれる方も募集中なんです。若い女性のモデルは見つかりやすいので、去年は男性を撮ろうと思って、一生懸命SNSで口説いて撮らせてもらいました。
七五三じゃない子どもの写真も難しいんですよ。着物自体がなくて、特に男の子は甚平になっちゃう。
今は人への着付けができないので、ゆくゆくは人への着付けができるようになって、幅を広げられたらと思います。


長野県で着物を着るということ

私、もともと群馬県で活動していて、結婚して長野県に移住してきたんです。
長野県って結構真面目な県民性なんですよ。群馬県にいたときはゴスロリをメインで撮影していたんですけど、長野でゴスロリメインでやっても、目立たないというか、拾ってもらえなくて、ここ数年ずっと着物の作品撮りを中心にやってたんです。
そしたら、信州の若手作家応援事業NEXTに登録していただいたんです。

若手作家応援事業NEXT

拠点を変えて、なかなか、10年くらい手応えを感じなかったんですけど、着物に集中したら本当に人間関係も広がったし、良かったです。


写真:アリーの助手 @alona.lia


群馬だと、スチームパンクっていうファッションのジャンルが元気なんですよ。
有名なお店が軸になっていて。

やっぱり、集まる場所があるとどんどん広がっていきますよね。長野には全然そういう場所がないんです。
大学があんまりないから、若い方自体も少ない。高校を卒業すると、東京だったり仙台だったりとか出ちゃって、就職するときも戻ってこないっていう方も多いので。
長野は気に入ってるんですが、やっぱり群馬の方が、好きなファッションだったり、写真を撮られたい人とは自然に知り合ってたし、イベントも多いように思います。
長野県民は閉鎖的、保守的って言われていて、群馬県民は新しい物好きで陽気だと言われています。
着物を着ていると、群馬では100%話しかけられるんですけど、長野だとそんなに話しかけられないし、意外と違いますね。

群馬県には富岡製糸場がありますが、実は、長野の岡谷市はシルクで栄えた都市なんです。

富岡製市場との繋がりが深いので、シルクには力入れようといろいろやってるんですが、全然着物の方には力入れてないと。
富岡製糸場は世界遺産に登録されたのが大きいですけど、元々富岡製糸場を守ろうって言ってくれたのが片倉さんっていう方。
その方は岡谷市の片倉財閥の方で、シルクエンペラーって言われてたらしいんですね。
私も長野県に引っ越してきたからたまたま知ったけど、それまでは全然知らなかったんです。


シルクファクト岡谷って博物館があるんです。お蚕さんを茹でて、糸を作る作業風景を見学できる、きちんとした施設で、興味ある方にはいいんじゃないかなと思うんですけど、知名度が低くて。

シルクファクト岡谷

もし着物で諏訪旅行する方がいたら、私はおすすめしたいですね。
他にも、長野県には着物好きな人を連れて歩きたい場所が結構あるんですよ。
でも、観光資源はあるのに花火のときしか人がこない。
花火のときは浴衣の女性がたくさんいらっしゃるんですけど、あんまり駅前に着付けの店とかがあるわけでもないし、もうちょっと、着物や浴衣とか力入れてもいいのになとは思うんです。
着物が似合う、写真映えする場所は結構あるんですけどね。
首都圏から小旅行にいらして、着物や浴衣を着て、フォトツアーとか、緩く観光もしつつ、その様子を撮らせてくれる、という方がいたら、ぜひ撮りたいなと思います。


着物と生きる未来

着物の未来は気になりますよね。
着物って、金額としては高いものもありますけど、職人さんの仕事を考えたら全然高いものだとは思わなくて。買うには高いものもあるけど、妥当な値段だと思うんです。
最近、縫製は海外のものも多いですよね。
民族衣装ですし、もうちょっと国として支援してほしいなと思います。守っていかないと、職人さんはいなくなっちゃうよねって。
伝統工芸も好きなんですけど、今までのやり方だけだと、職人さんはいなくなってしまう。いいものって壊れないし、すぐ買い換えるものでもないですから。


実際、着物が好きだけど、着ていくところがないと言って着ていなかった方が、イベントで私が着物を着ているのを見て、「こういうときに着ていいんだなと思ったから着てきた」とおっしゃってたのを聞いてすごく嬉しかったです。
私を通して、着物って意外と自由だなとか、気軽に着てもいいのかなって感じてもらえたら。

あとは、色々な方の写真を撮りたいですね。カメラマンをやってると、障害がある方で、成人式の写真を撮りたいけどなかなか気が引けて写真館に頼めないという方がいらっしゃるんです。
普通の着物だとなかなか着付けができないので改造したり、工夫して着付けをする活動してる方もいらっしゃるんですけど、そういったものにも興味があります。
性別とか関係なく、かわいく撮ってほしいっていう人をかわいく撮りたいっていう思いでいます。
女物の着物を女の子っぽく可愛く着たい男性とか、ジェンダーレスな男の子っぽい着付けをしたい女性とか、そういった方の写真も今後撮っていきたいです。

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あとがき

私自身、東京に出てから着物を着るようになりました。なんとなく、一生東京に住むというイメージはないので、着物は都会にいる今だけの道楽、そんなふうに思っている部分は正直あります。(私の住む可能性のある地方が、地方などというレベルでは語れないほど田舎であることも大きいですが)

とはいえ、見えていなかっただけで、大都会でなくても着物を愛する人はたくさんいます。実は「田舎で着物なんて無理」ということが、私の心に刷り込まれていただけかもしれません。
私はこの先もずっと着物が好きだと思いますが、あくまでも衣服だからこそ、生活の中で何を優先するかによって着物を着続けられるかは変わっていくはずです。
今後日常には着なくなってしまうとしても、人生の隠しコマンドとして「着物」があるのはなんだか豊かな気がします。


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