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痛風と向き合う人生後半戦

 水曜日の昼下がり、取材先から駅まで歩く途中で右足に激痛が走る。思えば予兆めいたものはあった。少なくても私の場合、「唐突に」「青天の霹靂」といった感じでなかったのはたしかだ。

 最初に異変に気づいたのは月曜日の朝だった。寝室がある3階から2階の居間に降りる際、捻挫したような違和感を右足首に覚えたのである。

「あれ? おかしいな。俺、知らないうちに足首ひねったのかな?」

 ただこの時点では痛みも深刻ではなく、階段の昇り降りこそ難儀したものの、普通に歩くことはできた。なにしろ昼には5kmほどジョギングしたくらいだ。どうせ軽い捻挫だろうから、放っておけば2~3日で治るだろう。まったく深刻には捉えていなかった。

 話を水曜日の発症時に戻そう。山手線から西武池袋線に乗り換える階段で、痛みのレベルが加速度的にパワーアップしていることを実感した。さっきまでインタビューしていたAV女優の可愛さやエピソードの面白さなどはどこ吹く風。「なんだよ、これ。マジで痛ぇわ」と恨みがましい気持ちを抱えたまま家に帰った。

 そしてその日の夜、いよいよ痛みに我慢ができなくなった。月曜日の痛みが100点満点で5~10くらいだとすると、水曜昼の時点で80、水曜夜には100に到達したイメージ。急いで子供に食事を食べさせると、閉店間際の整骨院にヨレヨレ飛び込む。先生は丁寧に患部をチェックしてくれた。だが、その口から飛び出したのはまったく予期せぬ言葉だったのである。

「これ、捻挫じゃない可能性がありますね。お酒とか飲みます? ひょっとしたら痛風かもしれないから、内科にも行かれたほうがいいと思いますよ」

 はぁ、痛風だと!? 嘘だと言ってくれよ……!

 死刑宣告を受けたにも等しいショックを私は受けた。痛風といえば一生治らないと言われる病気。酒も飲めない。食事も修行僧が食べるような味気ないものしか口にしてはいけないという話だ。生きる楽しみの大半を奪われた絶望感。私は神を呪った。

 だが、これはまだ地獄の1丁目に過ぎなかったのかもしれない。深夜に近づくにつれ、痛みはさらに増していったからだ。この時点で痛みチャートは150を突破。想像してほしい。大の大人が「うぅ……痛ぇよ」と呻きつつ、ソファで横になりながら涙を流している姿を。

 自分の人生史上、腕の骨折と親知らず抜歯が1、2を争う痛みだったが、その2つがタッグを組んだところで痛風の苦しみにはとうてい及ばないだろう。おそらくだが、出産の痛みよりも激しいと思う。痛風患者のケンドーコバヤシは「足首切断されて、そこを槍で突かれている感じ」と語ったそうだが、まったくもって納得する他はない。「風が吹くだけでも痛い病気」という看板に偽りはナッシングだ。

 間尺に合わないと感じることもあった。たしかに私は毎晩、酒を浴びるように飲む。それは認めよう。しかし、この2週間ばかり禁酒していたのだ(正確に言うと家族でキャンプに行った3日間は例外的に飲んでいたけど、毎日、飲んでいる日常から比較すると断酒したも同然)。それに加えて、火曜日の朝からは断食もしていた。少し腹の調子がおかしいなと感じたため、スムースベンデールという下剤で便を出し切り、どうせ腸内を綺麗にしたのだから汚いものを入れたくないということで食事を抜いていたのである。

 私からすると、普段の不摂生を改めストイックに生活を見直そうとした途端にこの仕打ち。正直者が馬鹿を見るというか、真面目になることの虚しさを感じずにはいられなかった。可能性としては、もう1週間早く禁酒&断食を始めていたら発症しなかったのかも。あるいは別の考え方として、急に健康な生活に切り替えたものだから尿酸値が下がって一種の離脱症状を起こしたという線も否定できない。

 恥を忍んで告白すると、私の尿酸値は9.3(昨年9月時点)。成人男性の場合、7.0以上がイエローカードだとされているから、もう完全な危険水域である。発症は時間の問題だったのかもしれない。

 結局、水曜の夜は一睡もできないまま悶え苦しみ、開店と同時に駅前の内科に飛び込んだ。実際は「飛び込んだ」なんて機敏な動きはまったくできず、衰弱した老人のように足を引きずりながらスローモーに受付を済ませたのだが。診てもらった先生の話を総括すると以下のようになる。

「今日は血液検査をします。正式に痛風と判断するのは検査結果が出る1週間後。とはいえ、痛風という前提で話を進めます。痛風の対策は尿酸値を下げることだが、現時点ではその薬を出すことはできない。痛みが残っているうちに数値を下げるのはよくないからです。したがって1週間後、血液検査の結果を確認したうえで尿酸値を下げる薬で対処しましよう。それまでは痛み止めで我慢してほしい。もちろん今後もしばらくは食生活と飲酒習慣は気をつけるように」

 これを書いている土曜日現在、足の痛みは150のままだ。絶望的に苦しい。この3日間はほとんど仕事が手につかなかったし、のたうち回っている間に何をしていたかというと、痛風情報をスマホで調べるばかり。

 ただ痛風は奥が深く、食べてはいけないNG食材と食べたほうがいい推奨食材に関しても困惑することばかりだった。たとえばレバーやエビが痛風に悪いことはよく知られているが、同様に私の大好物である納豆もダメらしい。納豆なんていかにも身体によさそうだし、同じ豆類の豆腐は推奨食材に区分されていることを踏まえると釈然としない。あと漬物は塩分過多でNGらしいけど、酢の物は推奨されているそうだ。キュウリやワカメの酢漬けとか。このへんは痛風1年生として諸先輩方の意見を参考にしながら研究を続けるしかない。

 正直に言おう。周りからは同情されたり馬鹿にされたりしているが、私自身としてはひどく前向きな気分でいる。なにしろこれは今までの自堕落な人生をリセットできる乾坤一擲のチャンス。今後のことを考えると、自分の可能性に興奮してくるほどだ。これは強がりでもなんでもない。痛風になってよかったと今は心から感謝している。

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