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数え年と御守と厄年

「これ間違えてんちゃう?」
「え? そんなはずないやろ」
 八幡宮社の役を仰せつかっている主人が、新年の例祭でいただき持ち帰った安全運転の御守を見た息子と私のやりとりである。
八幡宮社は氏神様で毎年安全運転のお守りを車ごとにいただく。
その御守には名前と年齢が記載されていて、息子は御守に記載されている自分の年齢が違っているのではないかと言っているのだ。
 うちの長男は元旦生まれで、お正月に年齢の話をすることがおそらくよそのおうちより多い。今年も、いくつになったっけ? という話から、長男は「22歳」と満年齢を答え「満やなぁ。昔はみんな数えで年を数えていたけどなぁ」なんておばあちゃんが言った。すかさず長女は「満と数えとどう違うの?」と質問。(この話、家族で何回もしているが、子どもたちはちっとも覚えられないらしい)

 何月何日に生まれようと、生まれた瞬間1歳になり、そしてはじめてのお正月に1つ年をとって2歳になる。というのが数え年。
きっと、お母さんのおなかに宿ったときから年を数えるということだろうし。なんていうか素敵だなぁ……なんて思う。
昔から伝わる話では、お正月に年神様(としがみさま)からみんなが等しく1歳をもらうということらしいではないか。大晦日、除夜の鐘が鳴り終わると、みんなひとつ歳をとる。だから「あけまして、おめでとうございます」となったのだろう。
 生まれたときにいきなり1歳で、さらに誕生日ではなくお正月に年を1つ重ねるという二重のややこしさ。子どもらにしてみれば、こんがらがるのもしかたない。
 国語辞典を見ると『「年(とし)」は元来穀物を意味し、1回の収穫に1年かかるので「年」を意味するようになったという』と書かれている。つまり、昔は誕生日はあまり重要でなく、穀物の収穫を強く思っておられたのだろう。
 で、簡単な話だと満年齢に2つ足せば数え年になるから「今の年齢に2足すねん」と答えてしまいがちなんだよな。
 娘は9月生まれなので現在満19歳。生まれたとき1歳でお正月で1つ年をとるから、数えだと21歳となるわけで、それは今の年齢に2つ足すというので合っている。
 ところが長男は元旦生まれで、誕生日とお正月が同日なわけで、お正月には満年齢22歳に1つ足すだけということになる。平成11年1月1日生まれの彼は、今年22歳になった。数えで23歳。満年齢に2つ足すとおかしくなってしまう。長男と長女に数え年を説明するとき「満年齢に2つ足す」は通用しない。だからそもそもの意味を説明し、それぞれの数え年が何歳なのかで「あー、なるほどね」なんていう話で毎回落ち着くのだ。

 この数え年で私たち夫婦は大きな失敗をした。私たちはあまり信心深い方ではなく、さらにイベントごとに意識が薄いことも重なり、大事なことを失念してしまった。
 一昨年9月の誕生日に娘は18歳になったのだが、高校卒業間際に「そういえば女の厄年って19やん。前厄やし厄除けのお参りに行かなあかんなぁ」という話になった。いつ行こうかなんて話していたのだが、数日後、娘が「友達がもう厄除け終わってるって言ってたよ」と言ったことから雲行きが怪しくなっていった。思い返せば自分の直近の厄除けのお参りからすでに20年。主人の厄年からも、もう10年は経つ。なんだかすっかり厄年から遠ざかっていたものだから、しっかり年を数えられなくなっていたようだ。
 そう、娘、満18歳は数えの20歳。すでに後厄に突入していた。自分たちのことはさておき、娘のこととなると気になる。でも時すでに遅し、後厄にお参りに行くとかどうなんだろう……と、結局厄除け参りに行っていない。
あー、やったなって感じ。

 さて、御守に記載されている年齢はというと……
「二十二歳」
あれれ? 
なんと、お守りをお願いするときに22歳と書いてしまっていたわけです。というのも、お願いするときは年が明けていないため、彼は21歳、頭には1歳足せばよいとインプットされていたのでしょう。昨年の満年齢21歳に1つ足してしまったことが簡単に想像できる。
本当はお正月22歳になっているので、1足して23歳でなければならない。
あー、やったな。(パートⅡ)

トホホ。親なのに我が子の年齢を間違えてしまうという。
神様ごめんなさい。

 御守の「二十二歳」の(二)に(一)を付け足して「二十三歳」にしたのは神様には内緒ということで……。

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