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  • 子宮頸がんⅠA1、開腹 単純子宮全摘と卵管切除

    備忘録 49歳

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    娘と私の、生活記録。

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開腹か、腹腔鏡か

子宮頸部円錐切除術が終わって、最初の診察でのこと。 病理検査の結果が出る。 「初期のガンが出ましたと」静かに伝えられる。 ガンですと言われる日が訪れることを、今までは他人事のように感じていたことを再認識。 やっぱり!も、そんなはずはない!もなく、あなたの家に、シロアリがいましたよ!と言われたような感覚だ。 居ないで欲しかったが、居たのか。巣食っていたのか。これまでの検査で、その可能性がゼロでないことはわかっていたから、前のめりになった。 「前回の手術で、取りきれたとは思い

    • 子宮全摘出手術後2日目

      なぜか、真夜中の2時と、朝5時前に起きてしまう。 2時ぴったりに目が覚める気持ちの悪さ。丑三つ時はもう少し後かもしれないが、ホラー映画を昔よく見ていた私にはちょっと嫌な時間に思える。 お腹の痛さで目が覚めたようだ。傷が痛くて寝られない感じ。少し我慢を試みたが、断念。硬膜外麻酔の青いボタンを押した。その後は、数分で眠りについたようだ。起きている間は我慢できても寝ている間は我慢できないようだ。 次に目が覚めたのは、4時半。起きてもしょうがないので、少し寝ようとしたが、うとうと

      • 子宮全摘出手術後1日目

        背中から細いチューブが出ていて、硬膜外麻酔と言うものだそうだ。仰向けに寝ても、チューブは潰れないと説明されている。チューブの先には500mlくらいのペットボトルみたいなのがついていて、そこから、ナースコールのような形状のボタンがある。そのままでも、少しずつ、身体の中に麻酔が継続的に入っていっているそうだが、痛いと感じたら、自分でボタンを押してさらに送り込むことができる。30分に一回押していいと言われていたが、少し怖くて朝までは押さなかった。 酸素マスク、心電図、点滴尿の管、

        • 子宮全摘 手術当日

          昨夜の21時以降は食事ができないため、当然朝食もなし。お水は10時まで飲めるので、昨日のうちに水を十分に用意しておいた。 12時からの手術予定だったが、9時過ぎても音沙汰なし。 前回の「子宮頸部円錐切除術」の時は13時からが、前の手術が長引いて15時50分からになったから、今回も想定はしておく。 11時時前、点滴を入れられる。ついに来たかと思いながら手を出していると、針を刺すのに四苦八苦している様子。私の血管が細いのでいつものことなのだが、それにしてもなんか痛い。と思って

        開腹か、腹腔鏡か

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        記事

          入院前と入院後

          入院は9日間、3月27日10時から。手術は28日。 前日まで、仕事5連勤で、買い揃えられるものは大体揃えていたが、入院の準備はまるでしていなかった。どうせ入院したら、沢山寝られるし、夜更かしでパッキングすればいいだろうと思っていた。入院も3回目なので、どうにかなるだろう。 仕事は1ヶ月休みをもらったので、仕事の進捗が遅れることに、申し訳なさもあり、連日残業していた。疲れやすいこともあって、入院前日、夕飯を食べたら、眠くなってしまい、何も準備をせずに朝を迎えることになった。

          入院前と入院後

          お帰りなさい

          「いってらっしゃい」と送り出して「お帰りなさい」が言えないことが 世の中には起きる。そういうことがあることを知っている。 見送りをするときは、いつも一抹の恐怖を感じる。これが最後になるかもしれない、そんなことはあってはならない、そう思いながらあなたの背中に触れる。 だから、「いってらっしゃい、絶対に帰って来てね」と言ってしまう。どうかどうか、何も起こりませんようにと。

          お帰りなさい

          あなたとわたし

          大事にしてること。大事にしてきたこと。 「思い出の積み重ね。」 良かったことも、悪かったことも。一緒の時間を重ねていくということ。 量じゃない。どれだけ濃密だったのか。いつだって本気でぶつかってきた。思いのままに。 「思い出の積み重ね」は、まだまだ継続中。形をどんどん変えて、たぶん死ぬまで。 記憶があるかどうかは、関係ない。覚えてないと言われてもいい。あなたとわたしの事実は、細胞の奥の奥に記されて残っていくような気がしている。 だから、あなたが生まれた瞬間から、それは

          あなたとわたし

          病み上がり

          2007.11.30(32歳)(サヤカ7歳) 元気になったので、今日は学校にサヤカを行かせた。 子供ルームに迎えに行くと、本当に風邪だったのかと思うほど、いつも通りの 落ち着きのないサヤカに戻っていた。 昨日は ほぼ 24時間寝ていた。そのせいで、治ったのかもしれない。 夕方、二人で歯医者に行き、おまけでもらった消しゴムをサヤカが忘れてきたので、取りに戻った。 その後によったお店で サヤカが傘を忘れてきたので、取りに戻った。 私も 相当の忘れんぼうなので、あ

          病み上がり

          皆勤賞は断念

          2007.11.28(32歳)(サヤカ7歳) 始まりは今日の明け方。サヤカが すごく辛そうにうなされ始めた。 「胃が痛いよお」 お水を飲みたいというので飲ませると、しばらくして嘔吐。あああ。焼き魚の匂い。夕飯が焼きさばだった。 時計を見ると5時。私は大忙し。 サヤカをお風呂で洗い、着替え。汚れたものは下洗いして洗濯。 そうこうしているうちに、サヤカが布団から這い出して、お掃除が楽なポイントで嘔吐。サヤカえらいぞ!吐きながらの健気な気遣い。それからは洗面器に何度

          皆勤賞は断念

          げてもの

          2007.11.21(32歳)(サヤカ7歳) 「おいしそう~!」 思わず 振り返って、サヤカを凝視。 サヤカとテレビを見ていたら、「大すずめ蜂の焼酎漬け」というのが出てきた。一升ほどの焼酎に 30匹入っているという。 私は サヤカに聞いた。 「ねえ。ホントにおいしそうだと思う?」 「うん!だって、ハチだよ~。」 蜂蜜がおいしいからと言いたいのはわかるけれど、どうみてもグロテスク。 「そうなんだ‥‥」 それ以上 何も言えなかった。

          げてもの

          小学校の行事

          2007.11.7(32歳)(サヤカ7歳) サヤカの 学習発表会。サヤカのグループは ちょっとした寸劇をやった。看護婦さん役のサヤカは カミカミではあったけれど 大きな声で 元気だった。 学習発表会の後は PTAのお祭り。お昼ご飯を食べたら、私は一時間ほど 売り子のお手伝いをすることになっているので、サヤカは 300円を持って野放しとなった。 売り子している間、サヤカはお友達と一緒だったり、一人だったり、私の所にチョッカイ出しにきたり、楽しんでいるよう。 お手伝

          小学校の行事

          休日

          2007.11.2(32歳) お昼頃 のんびりとお茶を飲んでいると、仕事で 朝帰りだった夫が 「今日、仕事 休みなの?」と言う。 三日くらい前から 休みだと言っているのに。 「なんか食いに行こうか?」 「今、限界だからもう寝るって言ってたじゃん。」 「いいよ、行こう。」 近所のパスタ屋さんに 連れて行ってくれた。 お腹いっぱいになり、いい気分だったのに 会計で 「お金持ってる?」と言われ、危うく払わされそうになった。一万円を崩したくなかったみたい。 払

          迷子

          2007.10.30(32歳)(サヤカ7歳) 朝から 元気が出ない日は、一日ずっと 注意散漫で、何かやらかしたりする。 そんな 元気が出ない日に、サヤカと 車でスーパーに行った。 いつも、 車を停めた場所を 特に覚えていなくても 何となく車に帰ってくることができる。 いつも通り、 車から降りて何も確認しないまま、買い物をしに行った。 用事が済んだので 帰ろうかと思い駐車場に向かった。 ん~と‥ 何階だったっけ。「4階だったっけ、5階だっけ?」 「わかんなー

          ふらふら

          2007.10.26(32歳) 夫が出張に出て 一週間もすると、日に日に気が抜けていくため、家の中が荒れてくる。 今日は 帰ってくる日。やる気がでないまま、なんとか片付けた。あちらこちら乱れているけど、ここまでなら許してくれるだろうと勝手に決めて 終了。 ふと、何を買うわけでもないけれど、買い物に行きたくなって出発。 フラフラしていると、着物屋さんが目に入った。 和の小物が好きなので見ていると、店員さんに話しかけられてしまった。着物に興味がなくはないので、つい話

          ふらふら

          明確な殺意

          幼稚園に行く前のことだったので、2、3歳のことだったと思う。 祖母はとにかく厳しい人だった。 何かというと手が出る人で、よくビンタをされていた。 親のいない私をしっかりしつけようとしていたのかもしれないが、子どもの私には、叩かれるのは辛いことだった。 酷く叱られると、よく押し入れに入って、布団の間に入り込み、泣きながら眠りに落ち、数時間経つと、出てくるということがしばしばあった。 妄想癖があるので、普段から、いろいろな妄想にふけっていたが、 明らかな殺意を抱いた日

          明確な殺意

          ケーキのクリームと記憶

          私には、わりと小さい頃からの記憶が残っている。 記憶力がいいわけではないと思う。おそらく、何度も何度も、記憶を反芻する癖があるのだ。 それは、簡単に引き出せる記憶の引き出しとなって、増えていく。 その時 私は、モンチッチのぬいぐるみをあてがわれて、撫でくりまわしていた。 目の前には、白くて大きなケーキ。 (ああ。美味しそう。ちょっと食べてみてもいいかな。我慢できないな。) (今なら、誰も見てない。よし。) 指ですくって、口に入れてみた。 (ああ。甘くて美味しい

          ケーキのクリームと記憶