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障がい者として生きる事

1.初めての知能検査

退職を繰り返すようになった私は、自分に自信を失いかけていました。
夕飯の支度を母に手伝うようになり、思うように出来ない事が浮き彫りになっていました。料理の時、“一つの事しか集中出来ず、あれもこれも手が回らない”
頑張ろうと、何度も手をかけても‥母のように、“出来て普通の事” “当たり前の事”が‥どうしても私には、上手く出来ませんでした。
その様子を傍で見守ってくれていた母から、
「あんた、やっぱり何かあるんじゃない?このモヤモヤをはっきりさせる為、一緒に病院行こう」と、一度適応障がいと診断された行きつけのメンタルクリニックにもう一度行って、先生に相談したのが始まりです。
先生からも「確かに‥言葉にあまり滑らかさがない所とか気になるから、一度心理検査してみましょうか‥」と、心理検査の出来る大きな病院へ紹介状を書いて貰い、総合病院へ検査をしに行きました。
予約が約2ヵ月待ちで、昨年の6月にWAISという知能検査を臨床心理士さんのもと、初めて行われました。内容は、積み木を使用したり、言語理解、数列、暗記等沢山ありました。空間図形や展開図等、算数問題もあり‥かなり難しく感じました。心理検査の結果は、約4週間程かかり、主治医から検査の結果と今まで何が原因で繰り返してしまうのか詳しく説明を受けました。
全IQが“66”との事で、自分では発達障がいの方かなと思っていましたが‥まさかの知的障がいでした。正直ショックでした‥。
程度は軽度でしたが、当時の私は受け入れるまで時間がかかりました。
でも‥冷静に考えると、幼少期の頃から成人に成長していく中で、ずっと人とのコミュニケーションに躓きやすかったという事、自分の気持ちを上手く相手に伝えられず、それが原因でいつも気持ちの行き違いになりがちだった事、時々複数人での複雑な会話が理解出来なかった事、言葉通りに物事を捉えがちになる事‥色々思うふしはありました。
両親の話によると‥動作が遅かったり、要領が悪い事だったり、全て性格による物だと思っていたとの事でした。
確かに、軽度となると、見つける事が困難かもしれません。

2.“普通”という言葉に洗脳されて‥

当事者として、これから生きていくなかで少し思う事があります。それは、“障がい”という言葉について。
“ノーマライゼーション”という考え方は、ご存知の方は少なからずいると思います。
正直に思う事ですが、今の日本社会はまだまだ多様性という考え方があまり浸透していないように思いました。
私達だって、同じ人間です。
「普通なら~だよね?」「努力が足りないんじゃない?」「早くやってよ」
私は、一般社会でこれらの言葉を沢山浴びせられて来ました。
そういう言葉たちが沢山飛び交う中で、沢山絶望し、沢山泣きました。
正直‥思うようにいかなかった自分が悔しかったし、悲しかった。
「病気のせいにするな」「障がいのせいにするな」「出来ないを言い訳にするな」
沢山そのように、心ない言葉を聞いて来ました。
きっと、その位普通だ‥と思っている考えの方もいるでしょう。
でも、そんな些細な言葉一つ一つでも‥傷つく人は少なからずいるんだよ‥という事を世の中に伝えていきたい。
一般社会で求められる“普通”を、病気だから‥障がい者だから‥という考え方は、まだまだ社会との壁を感じてしまうのは何故だろうか。
そして、最近は“特性”や“チャレンジャー”等とも呼ばれるようになってきたが、そろそろ“障がいや障がい者”という呼び方や言葉、考え方を見直す時代になって欲しいと願うばかりです。
私達にも出来る事は沢山あるはずだし、もしかしたら、ない物を実は持っていて環境によって本物の実力を上手く出しきれない人もいるかもしれない。
自分に出来る事は何か‥そんな事を考え、私は自分に合いそうな資格にも挑戦し、“心のケア”に関われるような資格を取得しました。
過去の私のような言葉を浴びたり、自信を失いかけてしまって苦しい思いをした方もいるかもしれません。
苦しい時、誰も信じられなくなってしまった時は、どうか自分で自分の事を受け入れて、自分の事を信じてあげて下さい。



3.まとめ

今回は、ちょっぴり厳しい意見も書いてしまいましたが、あくまでもこれは私自身が今まで経験して来て、疑問に思っていた事や今まで直接自分の言葉で気持ちを発する事が出来なかった分の思いを文面で表現にしたものです。でも、もし不快に思われてしまった‥という方は、心から申し訳ありません。
今まで感じて来たモヤモヤ‥“何で?”という想いでも、言葉を発した人の気持ちの裏を上手く私も受け入れる事、受け止める事、察する力があれば良いのですが、人間って苦手な事も少なからずありますよね。
私の場合は、人より苦手な事が多いですが‥
言葉の裏を汲み取る‥という事が苦手で、細かく伝えて下さらないと、理解が追いついていかなかったりとそんな所があるのです。
最後に一つ、伝える事だとしたら‥



“言葉って、一つ一つが大切で、その人その人の人生が左右される時もある。私達も心がある。同じ人間だから、認められる権利があり‥生きていく権利もある。だからその人らしさを大切にしよう。”

この言葉を伝えたいです。きれい事と思われるかもしれない。けど、健常者として経験し、当事者になってから尚更感じた事をまとめてみたかったのです!










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