ムササビ先生
高校3年間は豪州シドニーの現地校に通った。
当初、英語が話せなかった私が、唯一、力を発揮できたのが数学とアートだった。
数学は、単に日本ですでに習っていた内容だけだったのだが、「あなたは英語は話せないけど、数学はできるのがすごい!」とけなされているのか褒められているのかわからないようなことをクラスメートに言われた。
数学の先生はひっつめ髪に細面の女性で、そのキンキンした声と神経質そうな雰囲気から「数学の魔女」とひそかにあだ名をつけられていた。
その反面、
アートクラスの先生は、長い髪を無造作に束ね、大柄で物静かな人だった。エスニック調の模様が織り込まれた大判のストールをいつも身にまとっていて、いかにも”アートっぽい”雰囲気を漂わせていた。
アートクラスでは、印象派の巨匠たちの作品をTシャツに模写したり、粘土をこねたり、とくに独自性を求められるわけでもなく、気負いなく参加できた。
そのクラスでアートの才能が開花したというミラクルは起きなかったが、卒業間近に制作した木の葉のジュエリーがなぜか絶大なる評価を得た。
それは、ある日、クラスにいくと、大きな机の上にいろいろな小物が置かれており、各自が好きなものを選んで、ジュエリーを作るという内容だった。
みんなが好きなパーツを取り終わった後に、机にいってみると、枯れた木の葉と何かの木の実が取り残されていた。
そのまま使うには、あまりに地味すぎるパーツだったので、葉っぱの上に木の実をちょこんとのせ、それを金色の塗装スプレーでコーティングした。ものの10分もかからない作業だったが、アンティーク調のブローチのような作品が完成した。
しかし、それが、アートティーチャーのツボにはまったらしい。
「あなたセンスがあるわね」「これは、素晴らしい!」「ぜひ、みなさんが目に付く場所に展示しましょう!」と大絶賛の嵐。
まさか、10分くらいで適当に作ったとも言えなかったので、子供ながらに少し難しそうな顔をつくり、「自然の産物にアーティフィシャル(人工的)な要素をくわえ、都会に封じ込まれた自然を表現しました」といったところ、またしても喜んでくれた。
茶系で大判のストールをパタパタしながら、早口で英語をまくしたてる彼女は、どことなく新種のムササビ*のようだと思って見ていた記憶がある。
*ムササビは日本固有の動物である
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