夏に立てる木、冬に立てる木 #ランダムおひねり
「短冊とか気取ったもんじゃなくて、万札ぶら下げとけよな……」
やたらとかわいい声でつぶやかれてた台詞があんまりにあんまりだったので思わず瞬間的に振り向いてしまった。やたらに勢いが良かったかもしれない。でも、振り返らずにはいられなかったのだ。
そこにいたのは、さっき聞いたやたらに可愛らしい声とは対照的に、蠱惑的とでも言ってしまえるようなボディラインのでる、露出も多めな……お仕事中ですか? と聞きたくなるような派手な女性だった。いや、多分ほんとにお仕事中なのだろう。この暑い中、客引きをしているところか。
「あれ? お兄さん、聞こえちゃった?」
これだけ派手に振り返ればそりゃ気付かれるか。
「あ、ハイ……これだけあれば札束になりますね」
そうおもったままのことを返したら、彼女の目がまんまるく見開かれた。
数秒の沈黙……弾かれたように大笑い
「あはは!! 確かにそうだ! 自分で言っといて気付かなかったよ、あはは!」
言葉遣いは、乱暴。なのに、やっぱりやたらと声が可愛い。
「おにーさん面白いね。うちの店こない? 安くしとくよ。今日は七夕サービスデイだし」
「いや、遠慮しとく。俺、今待ち合わせ中なんだ」
「何だガッカリー。なに? 彼女?」
「彼女じゃないが最愛の女性だね…あ、きた」
遠くから走ってきたのは7歳になる娘と、妻だ。
俺が見知らぬ女性と話しているのを見て、娘は満面の笑顔でこう聞いた
「パパ! お姫様と話してるの? あ、今日は七夕様だから、乙姫様?」
女性の顔が、打ち上げ花火にでも照らされたかの如く真っ赤になった。
「そうかもしれないね。あのね、おねーさんがね、みやちゃんのとおんなじことを短冊に書きたいって言ってたから、お話聞いてたんだよ」
「おんなじって? 短冊がぜーーんぶビスケットだったらいいのにな、って?」
そうなのだ。
娘のみやは「お願い事を書いてごらん」とだけ言って渡した短冊に「短冊が全部ビスケットになったらいいな」とかいたのだ。
ビスケット、そんなに好きだっけ? って聞いたら
「ビスケットが食べたいって、お腹が空いたよ、って泣いてる子がテレビにいたから、あの子もみんなも美味しいビスケットを食べれればいいのにな、って」って、答えたのだ。
だから
その嬢の台詞も、人ごとに全く、思えなかったのだ。
そして振り返った時に見た彼女の顔からは欲望の炎は見て取れなかった。
唖然と、僕と娘と妻の顔を見渡していた嬢が
「やだ、私と同じお願いしてるんじゃんあんた。いいセンスしてる!」と、娘にハイタッチした。
いつもは照れ屋で引っ込み思案の娘も、ママに半分くっついたまんまになっているのだが、素直に応じて「お姫様とタッチしちゃった!」と上機嫌だ。上機嫌ついでに関心がさっき買ってきた唐揚げに向かってしまったようで、あっという間にパパもう帰ろう! になってしまった。
「じゃ、そういうことで」
と、嬢に告げると、奥さん大丈夫? と返ってきた?
「え? どういうこと……?」
「いや、あたしなんかと喋ってたから……」
なんて気のいい子なんだろう。俺の心配までしてくれたのか。
「こんなことで疑われるような素行は積んでないから大丈夫。ごくふつーの家庭人なので」そう言って立ち去ろうとしたら
「ふつー、か」という低い呟きが彼女の口から漏れ出していた。
俺は咄嗟に、返ったら娘にあげようとおもっていたお気に入りのビスケットを彼女の手に握らせてしまった。これがクリスマスだったらもうちょっとサマになるんだろうけど。サンタだよ、とか言ってさ。メリークリスマス!っていうわけにもいかないどうしようと焦ってしまった口からやっとのことで捻り出したのは「よい七夕を」だった。何だそれ。
遠くから娘が叫んでいる。
これ以上モタモタしたら流石になんか言われてしまいそうだ。
いわゆる「鳩が豆鉄砲を喰らったような」表情を浮かべた彼女の瞳にうっすら涙が見えたような気がしたけれども、見なかったことにした。
きっともう、ここを通ってもあの子には会えないのだろう。
なぜだかわからないが、そんな気が、した。
サポートいただけたらムスメズに美味しいもの食べさせるか、わたしがドトります。 小躍りしながら。