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無駄だと思ってたあの行動の真実が

もう、いつぶりだか全くわからない程度に
もんのすごく、ものすごく久しぶりに、アテもなくデパァトを彷徨った
いや、正確にはデパァトじゃないか

もう少し若い人向けの
ショッピングビル、というのだろうか
あの頃よりはずいぶんとこぢんまりとした、新しい、この土地の、そんなビル。
ホテホテと、自分の足の向くまま、思いつくままに歩き回って
そこに陳列されている無数の「きっかけ」から溢れ出る思考を楽しむ。

「これなんだろう」「これいくらくらいするんだろう」「あ、すてき」なんていうシンプルな「反応」ももちろん楽しんでいるわけだが
「これいいな、ちょっと欲しいな。でもあれがあるからな」
「これ素敵だな、こんなの着れたらいいな」
「あ、美味しそう。似たもの食べたことあるな、いつだっけ」
「あの絵本で見たあの子のお洋服みたいだな。おともだちを追加するならどうコーデするかな」
なんて、ちょっとした ”その先” を楽しみまくっている自分に気づいたのだ。



学生の頃、本当に毎日のように百貨店や専門店街を放浪しまくっていた。
まさに中毒していたかのようにひたすら歩いていた。
何が欲しいわけでもない。買えるわけでもない。
なんてったってお小遣いは一切もらっていないんだから買えるわけはない。
なのに、ただひたすら、ひたすらひたすらうろついていたのだ。
なんという時間の浪費!! と、今のわたしは言いたくなってしまうけれど
どうしてもやめられなかったし、やめたくなかったし
ひたすらひたすら、見て歩いてを、繰り返していたのだ。

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こういうとこだったら多分三日くらいいられる気がする


何がそうさせるのか
何が欲しくてそうするのか

何を、求めているのか


自分でも何度も考えていたけれど
もっと有益なことすべきじゃんとか思っていたけど
どの答えも、いつも、その鍵穴にはまることはあれど
カチンと音を立てて「それか」と思えるような正解は見つからなかった


知りたいから?
刺激が欲しいから?
変化を逃すのが怖いから?
暇だから? 
何かを探してるの?

結局、どれもが違うようにしか思えなくて
また、当てもなく眺めて彷徨うの繰り返し


まるで、出口がわからなくなった森の中の迷子のように

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なんだったんだろうね(^ω^)ってずっと思ってた


歳をとると共に少しづつその頻度は減っていったけれどもやめられるわけでもなく
田舎に飛び込んでからはそれがイオンになったりもしつつもときどきで続いていて
スーパーに買い物に行くときも基本的にほぼ全ての棚を見ようとしてしまう


妊娠出産を経て
子育ての真っ最中のいま
久しぶりにやってみて、やっとわかったよ。


楽しかった、んだ
自分を日常から切り離して、大量の小さな情報を浴びるのが
その情報たちから自分の脳内に糸を垂らし眷属たる子蜘蛛となって降りていくのが
それがとても、瞑想のような「自分の時間」に、なっていたんだな。

心に浮かんでは消えてゆく取り留めのない発想や記憶や
言葉になる前のまだ形を結ばないイメージたち、そしてもちろん言葉も
自分自身から溢れ出すそんな小さな随想を、思い切り楽しんでいたのだ。


あれは
脳内フル稼働になる
十二分にエキサイティングな

「遊び」
だったのだ


どっかでそんな気はしていた、けれど
帰路についた自分の感覚としては全くそんなことはなくて
どちらかというと頭を使わずにぼーっとしていたかのような感覚になっていたので
今のいままで確証が持てなかったのだ

いまならわかる
あれ、ぼーっとしてたんじゃなくてぶん回して疲れてただけだ……
俺、ニブいのも大概にしないとあかんなこれは……


頭使いもせずに放浪してるだけで、何無駄な時間過ごしてるんだって思ってたよ
掘り返してみたらあの頃に練り上げた脳内の構造物がたくさんある気がしてきたよ


そうか、そうだったのか…




思う存分、自由に、自分で自分を味わう時間
あなたはどこで、どうやって作っていますか?
わたしみたいに意外なところにあるかもしれませんね。

見つからなければ、ぜひ、どこかをあてどなく、見つけたものを手に取りながら、検分しながら歩いてみてくださいな。


もしかしたら
膨大な時間を費やしても終わることのない新しい趣味を、見つけられるかもしれません(苦笑)


はーーー
早くムスメズ大きくなれー!(嫌だ)
そして、大きな街で放浪した〜ーーーい!!!

サポートいただけたらムスメズに美味しいもの食べさせるか、わたしがドトります。 小躍りしながら。