12.ビジネス書や自己啓発本の『怪しさ』を解明しようとしたんだ

私の数多い趣味の中には珈琲でもなく観葉植物を愛でることでもなく、「本屋さんの間取りを覚える」というものがある。そうすることで次回行った時に自分の欲しい本がどこにあるか、比較的簡単に分かるようになるからだ。
そして毎回思うことがあった。
自己啓発本とビジネス書コーナーから感じるあの『怪しい』オーラ、なんとも言い難い『胡散臭さ』それらはどうやっても理解ができなかったし、読んでみてもなぜ怪しいのかということを言語化することができなかった。長年、ずーっと気になっていた疑問。しかも結構な数が売れている。
これらの疑問は解明まではできずとも、私の中で腑に落ちるまでは理解できたのでここに言語化しておこうと思った。

きっかけとなったのは新卒で入った会社でのことだった。
当時の私は社外取締役に気に入られて「なんでも聞いていいよ」と言われる関係になっていた。まぁ向こう側から話しかけられる方が多く、ビジネスに関することを一方的に叩き込まれる関係だったのだが……。周囲はパワハラまがいでドン引きだったが私としてはメリットしかなかった。
毎回呼び出されて「宿題」を出された。次の日までにそれらに関する専門用語や関係知識を調べてこいとのこと。
質疑応答で「分からないです」といったら「今すぐネットで調べろ」と。
この習慣は飛躍的に私の知識を拡大させた。

「すぐに調べる」これがもう習慣となったころだった。
取締役が「なんでも聞いていいよ、聞きたいことー!」と言ったので。
少し考えた後に例のずっと気になっていた疑問をぶつけてみることにした。

「ビジネス書はなぜあんなに怪しく感じるのでしょうか……?」
答えは非常にシンプルだった。当然だったのに気付かなかったこと。
「それはね、ビジネスに正解がないからだよ」

それから自分でその一言を咀嚼した。数学なんかでは基本的に答えが決まってるし、専門書では答えがほぼあるのでそれから怪しい気配は感じられない。小説ではどうだろう。そうか、小説では事前に怪しさや怖さ、恋愛的要素の創作だという前提があるので怪しくはならない……。

ビジネス書や自己啓発本に係る怪しさの正体がだんだんと見えてきた。
ビジネスや自己啓発といったそもそも正解がない分野において正解を求めようとするから『怪しさ』や『胡散臭さ』を感じるんだ。
特にビジネス書では自己の経験をあたかも正解かのように書いている節がある。それはあくまで結果論であり、成功者が書いたプロセスが正解となっているだけ。それらを全ては一例だという大前提があるのにも関わらずそこに"正解を求める"若しくは"正解が書いてあるかのような雰囲気"が『怪しさ』の正体。そもそも正解などないのだ……。その人が作るオリジナル料理のレシピ本と考えるぐらいがちょうどいいのだ。腑に落ちた。

一言「正解がないからだよ」といった取締役は私と最後に会った時。
「なぜ辞めるのですか……??」
「それはね、ただ任期が終わっただけだからだよ……」
今までの応答にはない違和感。
この時だけはこの人は"嘘をついている"と思った。
私の謎が一個解けたと思えば、最後にこの人は謎を残して去っていくのか。
ただ私に「本質を学べ、学ぶからには人を選べ」という言葉を残して。
その人が3社ほどを経営する超敏腕経営者だと私が知るのはそれから遠からぬ未来のことだった。

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