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波 紋

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今度こそ本当の波紋
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2022年3月の記事一覧

ベリーショートトリップ〜たまにどこかに行っている〜

19 春立ちて天狗に出会ふ(つづきのつづきのつづき) あの時聞いた声は何だったのだろうか。 散らばった木屑を払い、コーヒーを淹れ一息ついたのち、再び板木に向かった。 ひたすらつづく彫りの作業はあの山の峰に登っていく心境に似ていた。 気を失ったのはほんの一瞬だったと思ったが、果たして本当に一瞬だったのか、記憶が曖昧である。実際には数分だったのかもしれない。 彫りに没入していくと、再び私は気を失った山の中に舞いもどった。                    ● 伏せて

ベリーショートトリップ〜たまにどこかに行っている〜

18 春立ちて天狗に出会ふ(つづきのつづき) 一週間後、版画の下絵があがり、無心で板を彫っていた。 彫り作業は、何も考えずに、ただ手を動かし、木板に没入する。 机にかがみながら5時間ほど彫り続けると、首から肩腰がバキバキに硬直し、翌日にはひどい頭痛が起こる。像が現れるまでかなり時間を要するため、彫っている最中は自分が今何をしているのかわからない、そんな状態になっている。 3時間ぐらいを超えた頃、首が下向きに硬直したまま起こせなくなって我にかえった。彫りに夢中になっている間、

ベリーショートトリップ〜たまにどこかに行っている〜

17 春立ちて天狗に出会ふ (つづき) 2021年2月2日。 丸森町筆甫に行くのは久しぶりのこと。 2019年の台風19号の洪水被害で、町内から筆甫に向かうには、迂回路をたどらなければならない。 洪水の時、山間部と町を結ぶ林道は土砂崩れが多発し筆甫地区は完全に孤立状態になった。道路の崩落箇所は数十カ所にも及んだという。町の中心も大部分が浸水し、水が引いたのが3日後ぐらいだったと思う。その時はまだ被害の全容はわからず、当然、道が寸断された山間部の惨状については全く把握されて