小娘とインド人〜番外編〜
小娘はフリーターバンドマンである。
バンドマンのバイト探しはとにかく結構にしんどいものだ。
スタジオやライブ、ミーティングなどなどとにかく予定や時間が変則である故、
週5固定、時間固定系のフリーター募集はまず無理。
明るい髪色禁止系も無理。
アットホームな職場です系の、バイト仲間とウェーイするのは性格的に最も無理。
時給は高め
まかない付き、シフト週希望であれば最高
みたいな感じで、
なかなかにワガママ条件になるのである。
コンビニ、ピザ屋、スタジオ、雑貨屋…いろんなバイトを渡り歩いた小娘だが、ある日、バイト探しの方向性を考え直してみた。
当時小娘は、将来インドに移住計画を立てていた。
ガンジス河を眺めながら、朝のラーガ、夕のラーガをシタールで奏で、人らしくのんびりと暮らしたいという野望を抱えていたのだ。
インドという国にとにかく魅了され、その国の民族音楽やファッションにどっぷりと浸かってしまった。
ただ知れば知るほど、インドという国は危険極まりない国であることもわかってくる。
こんな小娘がひとりフラフラ〜っと彼の地に降り立とうものなら、その日の晩には高値で買わされたストール をグルグル巻きにして、その辺に無言で転がされている始末であろう。
それならばインドで味方になってくれる人を見つければ良いのではないか!!!
そう閃いた小娘は、インド人と友達になるための策として、インド料理屋でバイトしよう!!!と思い付いたのだ。
そう、少し話は逸れるが小娘、なぜかインド人にやたらモテまくるのである。
一人でインド料理屋へ行くこともたびたびあった小娘。
その度に厨房からインド人が出てきて丁寧に椅子を引き、頼んでもいないものが山のようにテーブルに並べられ、まるでフルコースのような状態になる、なんてことは序の口で、
ある時は、会計はいらないからまた必ず来てくれ、と両手をしっかり握られて言われたり、
またある時はひとり電車に揺られていると、二人組のインド人が近づいてきて
「ワタシのオミセでハタラキませんか?アナタの好きなだけオカネだします!!」
とインド料理屋の経営者にスカウトされたりするのが日常茶飯事だった。
まあそんなこんなインド料理屋のバイトを狙っていたのだが、ようやく近場のインド料理屋がバイト募集を出したのだ。
逃してなるものか…!!!と、すぐに電話をする小娘。
「ハイ!!??」
電話をとった相手の男性は、なんだかおかしなイントネーションでそう言った。
「あの、アルバイト募集の広告をみてお電話しました」
というも、相手は黙ったまま。
「あの〜…もしもし?」
小娘が間違い電話をかけてしまったかと不安に思いながら続けると、突如バカでかい声で
「ワタシ インド人!!!ニホンゴワカラナイ!!ゴメンネ!!」
そう言うなりがちゃん!!と切られてしまったのだ。
一瞬茫然とするものの、笑いが込み上げてきて爆笑し、楽しそうだな〜、この店で働きたいな〜と小娘は思った。
調べるとどうやら今日は定休日だったようで、また翌日改めて電話をし、小娘は無事に面接にこぎつけた。
ドアを開けると、おいしいもの食べてますねって感じのふくよかな日本人のおっちゃんが、なんかへんなタネみたいな乾いた草みたいのをムシャムシャたべていた。
むしゃ男が、「お、面接の子かな?」声をかけてくる。
大丈夫かいこの店…と笑いを堪えながら案内された席につき、面接がスタートした。
店長だというムシャムシャおじさんは席につき履歴書にざっと目を通すなり
なんでフリーターやってるの?
と聞いてきた。
ぐぅ…とカウンターをくらいながらも、このおかしな空間で変に誤魔化す必要もないだろうと思った小娘は、他のバイトではバンドをやっていることはひた隠しにしていたけれど、
「バンドをやっているからです。アマチュアなんでバイトしないと生きていけません」
と単刀直入に答えた。
すると店長は
「プロ目指してるの?それとも趣味?」
と聞いてくる。
小娘は恥も忘れて、
「プロになりたいです。バンドでお金稼ぎたいと思ってます。」
と答えた。すると店長、すぐさま
「よし採用!いつから働く?」
え?と小娘が目を丸くしていると、
「僕はね、志のないフリーターは大嫌いなんだよね。でも夢があるフリーターは大好き。うちにいる人はみんな何かしらやりたいことがある人しかいないから、たぶん楽しいと思うよ!厨房のインド人も気に入ってるみたいだし、採用!よろしくね」
と言った。
はぁ…と呆気にとられている小娘をよそに、店長はこっそり覗いていたインド人に声をかけ、新しく入る子だよ〜と小娘を紹介している。
すぐに3人のインド人が姿をあらわし、ものすごい笑顔でよろしくおねがいしますネ〜と手を振ってくれる。
慌てて頭を下げていると、店長がわさわさと民族衣装を持ってきて、
「キミはたぶんこれかな!赤がよく似合いそうだ」
と真っ赤でキラキラとスパンコールが全体についたとても可愛い民族衣装を差し出してくれた。
うちの制服は民族衣装だからそれ持って帰って〜、サンダルも用意しとくから足のサイズだけ教えてね。あと髪色も爪も化粧も似合ってればオッケー。ただ汚らしいのと怖いの、キッツイ香水はダメだよ。
とばばばっと話して、
「じゃ!細かいことはあの人に聞いてね、僕が頼りにしてる一番長いバイトの子だよ」
といつの間にかいたベージュ系の落ち着いた民族衣装姿の女性に丸投げして、タネをむしゃむしゃしながら消えていった。
「びっくりしたでしょ笑」
と優しく声をかけてくれる女性。
冨永愛に似た綺麗な人で、なんの飾りもないただの細いゴールドの紐だけのネックレスと、同じく細いゴールドの指輪をしたお洒落な人だ。
「はい…笑」
と小娘が答えると、柔らかい笑顔のままテキパキと初出勤の日取りや時間、シフトの組み方なんかの業務説明をしてくれた。冨永愛はバイトの全てを管理しているリーダーらしい。
冨永愛の話を聞いていると奥からインド人がひょこっと顔をだし、
「オナカスイテル?オナカイッパイ?ナニモダメ?」
と言う。ワタワタと戸惑っていると、冨永愛が
「ここは勤務あとに必ずまかないが出るの。カレーだったり、余り物で店長が何か作ってくれたり。だから遠慮しないで良かったら食べてってね」
と教えてくれた。
ありがたくカレーをいただき、小娘は店をあとにした。
このバイト先には本当に頭のあがらない感謝がいくつもある。
掛け持ちバイトをしている小娘が退勤後次のバイトへ向かおうと準備していると、店長に呼び止められ、これ食べてがんばるんだよ、と手作りのお弁当を持たせてくれたり
たくさんお客さんが入った日には、がんばってくれてありがとう、とその場で売上からお小遣いをくれたり
インドに行きたい小娘のために、インド人たちは暇な時にヒンドゥー語を教えてくれたし
インドに来る時には私に連絡しなさい、うちで面倒みるよといつも温かく言ってくれるインド人のボス。
インド雑貨を輸入販売、売上でインドに移住することを目標に駆け回る冨永愛や、夢溢れるバイトメンバーたち。
掛け持ちバイトとバンドの鬼スケジュールで、いつも荒んでいた小娘のことを、いつも全力で応援してくれた場所である。
中でも思い出に残っているのは、日々のインド人たちとの日常である。
インド人たちとはたくさんケンカもしたし、くだらない話もしたし、辞める時にはお互い泣いた。
その話はまた、番外編で。
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