法務系Advent Calendar 2019(中国民法典と準拠法の化石化条項について)

1 はじめに
 本エントリは、法務系Advent Calendar 2019 #legalACの一環として投稿したものです。12月15日にエントリーされた10ru様からバトンを引き継ぐことになります(注1)。

2 自身及び属性について
 このアドベントカレンダーはおもに企業法務に従事されている方によるものです。当職は地方都市で一般的な街弁をやっており、庭場違い(注2)と思われる方もいるやもしれません。
 しかし、街弁でも、少なからず企業法務(注3)に従事しておりますし、これは私以外の街弁もある程度同じです。そこで、法務の皆様がもっているかもしれない街弁イメージとしての「庭場」が、程度こそすらあれ相対的であることも知っていただくべく、エントリーしました。今回は、中国(香港マカオ台湾は除きます。)の民法についてほんの少し触れたいと思います。私についてはこちらを。
3 中国民法について

(1)BTTBかつBTTCとしての民法
 企業法務の方は、どうしても現地業法や規則、公法や手続法にフォーカスする場面が多く、外国の民法がどうこうあまり多くないのかもしれません。また、日本の判決が中国で執行できず、中国の判決もまた日本で執行できない関係であることから、(仲裁合意がない&パワーバランスで決まらない場合には)当事者の財産の重心、履行の重心をとらえて管轄や準拠法合意がなされると思います。そこでは、香港法はあったとしても、中国法を準拠法としないことが多いかもしれません。
 しかし、上記の場合でも取引や契約の準拠法が中国法になる場合や、管轄や準拠法の指定がない(注4)場合には、中国の私法(取引法や民法)が問題となります。そして(これは法曹では共有されていることなのですが)、法の基本は民法です。期間、意思表示、法律行為、行為能力、法解釈の在り方、任意法規強行法規、一般条項…これらのものは民法から出発し、個別の法で修正・変更が加えられるものです。諸外国では、この点(法の一般法であること)を民法に明示する法制の国もあります。
 そして、次に述べますとおり、中国では、民法典の改正作業が進んでおります。同国も、「私法の基本法」としての立ち位置を示すものという意味合いを強く感じます(注5、6)。
 ですので、解釈や規定規定自体で困ったら(まず特別法があるかなのですが)、最終的にはバックトゥーザベーシック、つまりバックトゥーザシヴィルコード(注7)というわけなのです。特に契約法を含む民法典の改正は、民ー民との関係の法(私法)のグランドデザインとしても、また、契約の準拠法として指定される場合にはその規律の中心として重要となるのです(他方、物権については(その内容や得喪そのもの)日本の国際私法でも、中国の国際私法でも、所在地法が準拠法になる(注8)ので、契約の準拠法条項で指定できないことになります。)。
(2)民法典の改正について
 中国では、現在、統一民法典がなく、総則の部分は民法通則及び民法総則、物権法、担保法、契約法、債権責任法(不法行為や法定債権)、婚姻法、相続法という形でそれぞれの分野ごと規定があり、そこから関連する各法律等が存在します。
 民法総則については、①従前施行されていたの民法通則に加え②平成29年7月1日から民法総則が施行されています。この2法の関係ですが、民法総則が施行された後も、民法通則は廃止されていません(令和元年度の戸籍実務六法にも両法が掲載されています。)。民法総則については「新法は旧法に優先する」という原則に従って解釈することになっていますが、形式上は民法通則は廃止になっていないということです(注9)。
 そこで、民法総則以外の各分野につき、民法典を制定するということで、現在改正作業が中国では行われています。そして、ここはなんというかすごい国だなと思うのが、今、草案を検討している段階(婚姻法部分については第三次の草案が今年の秋に発表されています。各分野も昨年、一次の草案が公表されました。)ですが、なんと来年の3月にはできるスケジューリングということです。なんというか…大国ですね。
 契約法や物権、人格権に関する草案は、このようなサイトからも確認できます(注10)。
(3)新法と企業法務

 上記で述べたとおり、新法は旧法に優先するという解釈や経過規定が十分でない場合、さらには遡及的な適用がなされる場合には、過去のある時点で準拠法合意をしても、そもそものルールが変更されてしまうことになります。したがって、中国法を準拠法とする案件がある場合には、草案が今後どうなるのか、締結時の法規範についてどう把握されているのかを外部・内部の法曹関係者とすり合わせしておくことも一つなのかもしれません(そんな暇はない!というかもしれませんが。)。
 さらに一つ注意が必要なのが、新法は概ね草案に近い形での立法になることが予想されるのですが、立法時に、草案にあったある分野が突然ばっさりカットされることが中国では生じうる(注11)ということです。これは強力な政府が強力に引っ張る大国という背景なのでしょうか。ともかくも、現在の情報を注視しながら、実際の法律案(本当に来年出るんですか…?)もよく確認する必要があります。
4 化石化条項について
(1)化石化条項と日本国内での契約解釈

 読み手の方には、いやいや、契約書で「契約書締結時の特定の法(200〇年1月1日時点での中国契約法による)による」って定めてあるし!という方もいるかもしれません。このような、準拠法合意で法律の時的問題(時際法)の合意をする条項を「化石化条項」等といいます。
 しかし、このような定めをすれば、日本においてそのとおりある時点の方が「準拠法」として適用されるかというと、必ずしもそうではありません。日本国内では、契約における準拠法の合意は、「どの地域の法(A国法)」を選択するかを契約当事者に委ねているのであり、ある時点や改廃後の過去の法(例:1980年1月1日時点のA国法)を「準拠法」として指定することは困難であると解されています。
 では、そのような化石化条項をどのように解釈するのかというと、当該指定された旧法(上記例だと1980年1月1日時点のA国法)をあたかも当事者がさだめた契約条項(契約で定めた条項として)として、新法(現在のA国法)がそのような合意を許す限りで解釈することになります。通常、諸外国では契約自由の原則があることから、多くの場合それで済むのですが、新法(現在のA国法)の特定の強行法規に反する場合には、その部分につき、契約の有効性が否定される、ということも生じ得ます(注12)。私はあまりみませんが(新興国政府や政情不安な国の公団体との契約や投資契約で多いのでしょうか、街弁にはまず来ませんよね…。)、化石化条項については、このような問題点が、日本を裁判管轄とする契約を作成しても、生じることになります。
(2)化石化条項と中国国内での契約解釈
 では、中国では、どうなるのでしょうか。これについては、識者の見解では、認めてもよい(ある時点の法を準拠法と当事者が合意していい)という見解もあるものの、国内で議論があまりないということでした(注13)。条項として明確に「○○年中国契約法を本契約に併入する」と書いてあれば、上記で述べた日本国内での解釈方法、つまり「現行法の強行規定に反しない限りで、当該旧法を当事者が定めた契約条項のように理解する(実質法的指定)」同じようにと解される可能性があるものの、「中国法を準拠法とする」とある場合には、やはり現行の中国法を準拠法として指定したと判断され、中国の時際法によることになると考えられます(注12)。
(3)中国での時際法の例(契約法)
 ところで、現在施行されている中国契約法については、経過規定はどのようになっているでしょうか。同法に関する最高裁司法解釈「合同(=契約)法の適用に関する若干問題の解釈(一)」により以下のような経過規定となっています。
ア 契約法施行前に締結された契約から生じた紛争は旧法
イ 契約法施行前に締結された契約で履行期が契約法施行後に継続する契約であって、紛争は契約の履行に関するものは、契約法
 来年、契約法についても新民法典が施工される場合には、新たに時際的な規定(経過規定)が整備されるものと推測されます。ただし、同国の立法では、遡及的な適用がある分野も生じる可能性が否定できません。したがって、企業法務において、化石化条項がある契約書の場合であっても、
①準拠法指定としての問題は日本でも中国でも生じる余地がある
②法律の制定・改正時の時際法について、注意する必要がある
 という点は、念頭に置くことが重要であると考えます。
5 最後に
  具体的な法律の内容を紹介できないことは…申し訳ございません。しかし、新法の話題提供ということでご参考になれば幸いです。年末の忙しい時期に、最後までお読みいただき、ありがとうございました。





注1:バトンを引き継ぐにあたり、ご丁寧に連絡をいただきました。ありがとうございました。いずれ、どこかで飲めればと思います。東京又は浜松で是非。
注2:露天商が祭礼等で商売を行う際の境内・参道や門前町のエリアをいいます。私は、法律家は企業人(経済人や商売人)とは異なる立ち位置であるべきと日々思っているのですが、根っからのお祭り好きでどうもこの用語が気に入ってしまい、使っています。
注3:個人的に行う、行ったものとしては
①企業のGDPR対応
②BtoBのサービス利用規約の作成
③準拠外国法調査(調べないと準拠法がそれでいいかわかりませんよね。)
④外国の子会社の現地訴訟対応の説明
⑤株主総会立会、進行協議
⑥従業員や役員の相談
⑦契約書チェック
⑧商事非訟等
などがあります。
注4:規模の大きい組織の法務の方そんなことは…とお思いになるやもしれません。しかし、当職は実際に経験があります。また、準拠法を日本法とするとだけ明記した隔地間の売買契約でCISGが適用されることになり、相談が…ということもありました。
注5:合理的な私法(取引法)は国のインフラです。政府がトップダウンで立法するイメージもあるかもしれませんが、改正にあたっては台湾・香港といった政治的な問題も含むような地域の研究者との会議、シンポジウムも盛んに開かれていたり(リンク先の書籍注、297‐299頁。)、日本の研究者も関与していることも重要です。特に取引法分野は経済活動に極めて大きな意味を持ちます。私は、一帯一路構想は政府だけでなく、民間でもあるのだなと感じた次第です。
注6:草案では、一般法たる民法典の中に個人情報の権利や個人情報保護に関する規定がもりこまれております。これは日本の民法典と大きく異なります。
注7:中国全人代のサイトでも英訳としてcivil codeです。
注8:中華人民共和国渉外民事関係法律適用法第36条。ただし動産については当事者の合意が可能です。
注9:外国人ローヤリングネットワークのメーリングリスト中、関西渉外家事判例研究会や学会等で大変お世話になっている、関西学院大学法科大学院教授・弁護士村上隆幸先生による情報提供です。
注10:この点も村上先生からご教授いただきました。あらためて御礼申し上げます。
注11:この点は、外国法制研究会で大変お世話になっている、北海道大学アイヌ先住民研究センター博士研究員李妍淑先生から伺いました。御礼申し上げます。
注12:これを準拠法の指定ではなく、「実質法的指定」といいます。
注13:この点は、関西渉外家事判例研究会で大変お世話になっている、帝塚山大学教授黄軔霆先生にご質問させていただきました。ご協力ありがとうございます。御礼申し上げます。同先生によると、同国の準拠法指定の問題は、傭船契約において主に議論されているそうです。


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