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日常定期便 その6

一度、ゼロになる。なんか続きを書こうと思うと、続きを書かないとと思うと、何かに縛られ始める。

そのことが気になり始めて、目の前のことに集中できなくなる。書くということそのものに集中できなくなる。

連続性ということに関係なく、そういうことには拘らないで、今の感じを出していくこと。

どんどんと思いつくことをやっていったらいいのだと思う。やりたいことがいっぱいあるというのは、やっていないことがいっぱいあるということだ。

それだけ判断を保留にしたままになっていたり、やらないで時間だけが経過してしまっているということを現している。

そう考えるとゾッとする。恐ろしい事態だ。

「当たり前のことを、ぼけっとしないで、ちゃんとやれ」
(”宇宙よりも遠い場所”の観測観測隊員のABCより)

まさにこんな感じだ。とってもタイムリーな言葉との出会い。

やることがあるというのは、どこか誇らしげな感じがしていたけれど、それはどうも違うのだということを最近ふと思った。仲間の1人が言っていた、「やることがない。」という言葉。

いったいそれはどういう状態であるのか。真逆な状況にいることを、どこか優越感を持っている自分。なぜそんなことを思っているのか。そんなことを抱いているのか。

やりたいことがない。何をやったらいいのかわからない。ということは、日常の中で、決まった時間の中で、やりたいことやることがやれている。そういうことではないかと思う。

ただ暇している。休日にやることがないということとは違う。違うと言い切れはしないのかもしれないけど、自分にとっては違っている。それだけは確かだ。

コンロに火がついていて、もうそろそろ見に行かないとまずい。今はちょっとそのことを意識している。書いている自分が、焦っている自分をちょっと冷静に、外から見えている自分がいる。

そのことに追われて、手を動かすのが、言葉にするのが、いつもよりスピーディーになっている。そういう今の自分の状態を、自分が自分で観察している。

これから夜ご飯を食べる。カレーの残りとキャベツとブロッコリーがフライパンに入っている。料理名はない。名もなき料理が出来上がっている。そろそろ食べるとしよう。

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