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三日間の箱庭(3)黒主来斗(最終話)
前話までのあらすじ
中学三年生の黒主来斗は、自分をいじめ、金を要求する同級生4人組に惨殺されるが、次の瞬間、殺された日に戻る。
息子が殺された3日間の経験を夢だと思いつつ半信半疑な両親、だが、来斗だけは時が戻ると確信し、自分を殺した4人組に会うため、学校の生徒指導室の前に立った。
3本の包丁をカバンに隠して。
■黒主来斗(3)
生徒指導室の前に来斗は立っている。
ドアに耳を近づけ、中の様子を窺うと、4人の話し声がする。どうやら先生はいないようだ。
「・・・よね、死んだはず・・・」
小さい声だ。上村か?
「あぁ、確かに死んだよ。あれだけ殴ったんだ。最後は埋めたじゃないか」
少しはっきりした声、岡島だ。
「ちょっと!声が大きい!!先生が来てたらどうするの!」
ふん、重田だな。
「お前らさ、何言ってんの?俺ら、来斗なんて殺してなんかないじゃん。何心配してんだよ」
これは武藤だ。
「確かに俺らはあいつを殴った、埋めた、みたいな夢でも見たんじゃないか?だって、今いつだよ、あの日の朝じゃないか!」
「だってさ、来斗のやつ、学校に来てないんだよ?」
重田が応える。
「来斗だって、あの夢を思い出してビビってんだよ!学校に来れるわけないだろ?それにさ、警察が来たって何て言えばいいんだ?僕たちはこれから来斗を殺します、ってか?そんな馬鹿げたこと、警察もどうにもできない。いくらあのことを覚えていたとしてもだ。先生だってそうだったじゃないか」
武藤は僕を殺してからの時間を“夢”にしたいらしい。それも、関係者全員が見た壮大で馬鹿げた妄想だと。
僕は僕が死んでから、どれくらいの時間が過ぎて元の時間に戻ったのか知らない。まぁ確かに、こんな馬鹿げた現象をすぐに飲み込めと言われても、普通は無理だろう。
だけど、実際に殺された僕の感覚は違う。あのはっきりとした死の感触、目覚めてからの両親の様子、泣きながら話す内容。そしてこの学校の様子、なによりお前らのその会話が、この馬鹿げた現象を裏付けている。
それに、僕がビビってるってか?ビビるわけないだろ。お前らに対する心は、あの時すでに決まってるんだ。殴るだけで納めればよかったのに、やりすぎたんだよ、お前ら。
僕は努めて冷静を装って、生徒指導室のドアを開け、静かに入り、静かに閉めた。
あぁ、僕を見る4人の呆けた顔、幽霊に会った人みたい。面白いなぁ。あ、武藤だけはもう僕を睨みつけている。さすが、あとの3人とは違うや。
「ああ、武藤さ、さっき教室でさ、生徒指導室にみんないるって聞いたんで、来てみたよ。なんかやったの?」
僕は仮面のような笑顔を張り付けて武藤に近づいた。
「く、来んな!来斗、来んなおまえ、なんで来た!!」
さすがの武藤も動揺している。その眼には怒りと同時に恐怖もみえる。
「来んなってさぁ、今日の放課後、どうせ体育館裏に呼ぶんだろ?それに僕、お前らに金貸してるよね」
言いながら武藤との距離を詰める。
「ざけんな!金なんか返すわけないだろ!とにかく近づくな!!」
「へぇ、じゃ、これはいらないのかな?」
僕は学生カバンに手を突っ込んだ。武藤は本能的に危険を感じ取ったらしい、手近にあった椅子の背を掴んで、足を僕に向けた。さすが喧嘩慣れしている。それにこいつの親父は見たことがある。とてもまともとは思えない、近づきたくない種類の人間だ。つまり血筋ってやつか。
僕は学生カバンの中で包丁の柄を握りしめながら、更に距離を詰める。我慢しきれなかったのか、武藤は椅子を振り上げて僕の顔めがけて投げつけてきた。僕はその椅子をまともに受けた。椅子の足が頭に当たり出血したのが分かる。顔にも首にも肩にもかなりのダメージを受けた。
でもそれだけだ。
「ひどいじゃん、そんな力一杯椅子なんか投げつけたら、下手すれば死んじゃうよ?」
そう言いながら僕は、学生カバンから柳葉包丁を抜き出した。
「ひっ」
武藤が怯えた声を上げる。そうだろうね、椅子を投げつければ普通は誰でも怯むもんだよね。それが怯まず包丁出すんだもんね。
もう僕は、武藤の肩に手を掛けていた。
「まぁいいよ、死ななかったしさ」
そう言いながら僕は武藤の背後に回り込み、柳葉包丁を持った腕を武藤の首に回した。
柳葉は長い。その長い包丁を持った腕を首に回すと、その切っ先は僕の左頬を切り裂いた。でもそんなこと構わず、僕は腕を引いた。
何の躊躇もない。何の言葉もない。ただ引いた腕の先に握られた柳葉包丁は、武藤の首をぐるりと切り裂いていた。
ざぁ、と武藤の首から血が流れる。
きっと、切られたことにも気が付いてないんだよ?腕を引いたとき切っちゃった僕の頬を見てよ。これだと痛いんだ。切られたって、脳が認識するからね。
僕の頬から血がドクドクと流れ落ちる。でも武藤の首から流れる血は、それこそ“ざぁざぁ”と音がするようだ。
武藤はがっくりとうなだれて膝をついた。これで武藤は終わり。あと3人だ。
僕は思うんだよ。いじめっていうのは一人ではやらない。必ず複数だ。そしてその首謀者はひとり。そのひとりさえ潰してしまえば、あとの取り巻きなんておまけみたいなもんさ。
やっぱり、そのとおりだった。
武藤が死んでいく今この瞬間、重田も岡島もただ突っ立っている。いや、わずかに重田が動きそうだな。上村はどこかに逃げたかと思ったけど、机の下に潜り込んでガタガタ震えている。
次は重田だな。ところで、柳葉包丁はもうやめよう。刺すにしても傷が小さい。大きく切るにはコツがいる。ここはやはり、出刃か。
僕は学生カバンに手を突っ込んで、大きな出刃包丁の柄を掴んでいた。
「重田さ、僕に何したか、覚えてる?」
頬から血を流し、大量の返り血を浴びた僕は、普通の友達のような口調で重田に迫った。
「あっ、あぁ、あっ」
重田の口から出るのは怯えた嗚咽だけか。ちょっと喧嘩が強いんだけど、やっぱこいつ、ダメだ。
「あ、もういいや」
僕は重田の正面に歩み寄って、おもむろに包丁を突き刺した。
人間の内臓は筋肉や骨に守られてる。即死させるなら心臓だけど、肋骨が守ってるから相当上手く刃を入れないと、心臓には届かない。だからね、肝臓を狙うんだよ。肝臓は肋骨の下端の更に下だ。柔らかいし、突き刺せば大出血で致命傷さ。
でもちょっと困るのは、即死しないってことかな。
「がぁーっ!!」
出刃包丁を抜くと、やはり重田の腹は大出血している。腹を抱えて前のめりに倒れ込む重田に、僕は言ってあげた。
「大丈夫、すぐに気が遠くなって、痛くなくなるよ?」
僕の言葉を聞いて正気に戻ったのか、岡島が身を翻して逃げようとしている。逃がすもんか。すぐに岡島の肩を掴み、背中に出刃包丁を突き刺した。
「あ、あ、ぐぁっ!!」
岡島は悲鳴を上げたが、困った状況だ。背中の筋肉は強くて堅い。刃が通りにくいんだ。一発では致命傷にならない。
「ら、来斗、来斗、ゆるし、悪かった悪かった悪かったわ、わわわ」
今更謝ったって駄目さ。僕はなるべく少ない回数ですむように、内臓の位置を把握しながら刺し直した。それでもやはり、背中からでは難しい。致命傷の確信を得るまで、3回も刺さなきゃならなかった。
僕は自分の血と返り血でずぶぬれになった顔を拭い、上村に向き直った。上村はやはり、机の下で震えている。
「大丈夫、上村、心配すんなよ。お前に包丁は使わないから」
僕が言うと、上村は少し期待を込めた目線を僕に送った。
「おまえはね、殴り殺す」
上村の顔が恐怖に歪んだ。
「ごめんな上村、こないだの、正確には今日の放課後のことか、初めのうちがさ、とっても痛かったからさ」
上村の悲鳴が聞こえていたのは、ほんの最初のうちだけだった。
・
・
終わった、先生や警察が来る前に、僕を殺した4人を、みんな殺した。これであのとき、僕が感じた死の瞬間をあいつらも感じただろう。
「もうこれで十分、さ、仕上げだ」
僕はカバンに残った小さい出刃包丁を手に取ると、肋骨の間を正確に狙って、刃を滑り込ませた。
「心臓って、左だよな」
そんな馬鹿げたことをつぶやきながら、僕の意識は消えていった。
■黒主来斗の章、終わり
予告
次章 ■黒主正平(1)
黒主来斗の父親、黒主正平は、来斗が同級生4人を殺害したことを知らない。そこに訪れる刑事。語られる事実に戸惑い、繰り返す3日間に翻弄される黒主夫妻。
刑事の言葉は、更に過酷な運命をふたりに突きつける。
おことわり
本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
字数約14万字、単行本1冊分です。
SF小説 三日間の箱庭
*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。
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