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三日間の箱庭(35)攻防戦、第二幕(1)

前話までのあらすじ
 ヒムカへ向かう浜比嘉青雲。
 傍らの尚巴と麻理子は、クロスライトに浜比嘉襲撃を断念させるべく黒主家に出向いたが、そこで出会った安藤、武藤両刑事によって宮崎に同行させられる。浜比嘉を安心させる目的と、国家機密を知るふたりを放置できなかったからだった。
 更に、両刑事はクロスライトを宮崎に同行させ、小鉢始めテレビスタッフも同行させる。
 それは、日本警察の綿密な作戦だった。

 警護車を襲ったクラムシェルは銃撃戦の後に制圧。だが、動いているクラムシェルはそれだけではなかった。

 日本警察とクラムシェルの攻防戦、第二幕、開始。


■攻防戦、第二幕(1)
 5月28日、午後16時、宮崎空港の駐車場。

「しかし麻理子ちゃんたちが来てくれるとは思わなかった。でも大丈夫ね?危険なんだよ?」
 浜比嘉は麻理子を心配しているが、麻理子はそんなことお構いなしだ。
「大丈夫よ叔父さん!私これでも空手6段よ?尚巴さんは5段だけど。それよりね、私たちがここまで来れたのは、武藤さんたちのお陰なの。警視庁の人たちを運んだ自衛隊の飛行機をもう1機飛ばしてくれたんだから!」
 苦笑いの尚巴が言う。
「麻理子、あれは俺たちのためじゃないぞ?俺たちはあくまで叔父さんのそばに付き添う役目!主役は黒主君じゃないか」
「尚巴君、それにしたって僕のために黒主君の家まで直談判しに行ってくれたんだろ?それがこの結果に繋がった。因果ってやつだ。結果には必ず原因がある。理論物理学の基本だ」
「やだ、叔父さん学者さんみたい」
「む、むぅ?」

 浜比嘉たちの話を聞いていた武藤が口を挟む。
「教授、おふたりに来てもらうと決めたのは安藤さんと私なんですよ。この作戦は元々警察庁の立案で、その実行を我々が任されていた。大規模な警護体制ではないからこそ敵を欺ける。そのためには身内すら、警察幹部すらこの計画はご存じないんです。そこになぜか色々と知ってる姪御さんご夫婦が現れた。置いてくるわけにもいかないんですよね。情報漏洩には1ミリの隙も許されない、ってことで」
「はぁ~、なるほどそういうことでしたか。たはっ!こりゃ俺のせい!!」
 浜比嘉は麻理子たちを巻き込んだ原因が他ならぬ自分だと悟って、額をパチン!っと叩いた。
「しかし、おふたりが揃って空手の達人っていうのは出来すぎですけどね」
 武藤が笑った。話に安藤も加わる。

「ところで麻理子さん、私はあなたを知っているようなんだが、私の顔に見覚えはありますか?」

 麻理子は首をかしげながら、まだ言っていなかった事実を話した。
「実は私、時間が戻る瞬間にビルの屋上から飛び降りてたんです。だからこれまで何百回も死んでるんです。もしかして、最初に死んだとき・・」
「あっ!あの飛び降りのお嬢さん!!あの最初の日、私は当直明けで現場に急行したんですよ。あの日は黒主君の事件もあったから、そのまま1日中仕事だった。それから私は黒主君の事件に付きっきりだったから・・・そうですか、あのお嬢さんが、あなた・・」

武藤が”そんなまさか”、という顔で声を上げる。
「しかし女性とはいえ、ビルから落ちる大人ですよ?誰がどうやって助けたんです?」
 武藤の疑問は当然だった。
「あ、それは俺が」
 尚巴は麻理子を助けるに至った経緯と、それからずっと助け続けていることを話した。
「つまり、今日の朝も彼女を助けて、ここにいるんですよ」

 武藤と安藤が顔を見合わせる。

「そ、それは・・何というか」
「そりゃすごい、あなた方ふたりは見た目以上に信頼できる。間違いないですよ!安藤さん!!」
 言葉を失う安藤に対して、武藤は最大の賛辞をふたりに送った。

「よし!ではそろそろ行きましょう、ヒムカへ!」
 武藤の声を合図に、バスは宮崎空港駐車場を出た。

 車中、安藤がここまでの経緯を説明している。

「午前中、浜比嘉教授の警護を装った部隊は国道10号を北上し、西都方面へ分岐する前に追尾していたクラムシェル20数名と接触、銃撃戦になりました。これは機動隊とSATが制圧に成功しています。その後警護車はヒムカに向かっていますから、クラムシェルがすでに襲撃を諦めている、という可能性も否定はできません」
 浜比嘉が問い掛ける。
「では、もし私が普通に乗っていても、無事にヒムカに入れた?」
「いえ」
 安藤の声が重いものを含んだ。
「クラムシェルの銃撃で警護車は大きなダメージを受け、車内での乱射で警官2名が重傷です。そのことはもちろん秘匿されていますから、教授は生きているとクラムシェルは思っているでしょう。ですから一歩間違えば」
「そうでしたか、その人たち、大丈夫ですよね」
「それはもちろん!警察官は鍛えてますからね!!」
 力強い安藤の言葉に、浜比嘉はホッとする。

「ただ気になるのは、追尾と襲撃を同じ連中がやったってことです。つまり、襲撃部隊がいなかったということ。クラムシェルの組織は中々に大きいですから、襲撃部隊の不在は不自然。更に宮崎県外からも入ってきていると思った方がいいんですよ。つまり、午前中は襲撃部隊そのものが間に合っていなかった可能性もあるんです」
「なるほど、宮崎県外、鹿児島とか、熊本とか?福岡だってそうですね」
「陸路の場合ならそうです。それと、各地から航空機で入ってる可能性もある。まぁ航空機で大人数は目立つので、ごく少数が宮崎入りして別動隊と合流、ってとこでしょうけど」

 バスは国道と県道を乗り継ぎ、大回りしながら西都市に向かっている。土地勘のない県外のクラムシェルは追尾できないという判断からだ。

「とにかく、クラムシェルはまだヒムカの存在や場所を知らないんです。だから今回、なんとしても教授を秘密裏にヒムカまで送り届けたい。場所が割れていると最悪の場合、教授ではなく、ヒムカの直接襲撃ということも起こり得ますから」
「他のBSCのメンバーはどうなんでしょう?」
 浜比嘉のもっともな疑問には安藤が答える。
「もちろん厳重に秘匿された行動を取っていただいています。もう宮崎入りされていますが、浜比嘉教授はその、教授にしか出来ないお仕事がありますよね?後のメンバーは教授のお仕事の後でもいい、ということです」
「はぁ、つまりヒムカに向かう日時は、実験開始に間に合えばいい、ということか」
 浜比嘉のつぶやきに安藤が応える。
「まぁ、実際は30日の朝までに、ということになるでしょうか」

 ヒムカへの膨大なデータとパラメータの入力手順を踏めるのは浜比嘉だけだ。そしてその入力の検証には、多くの時間が必要だった。

「しかし不思議だ。クラムはなんで宮崎のこと知ってたんでしょうねぇ」
 浜比嘉のこのつぶやきには、武藤が応えた。
「それは、クラムシェルの情報収集能力も大したもんだってことですよ。例えば那覇空港で・・」
「武藤さん、それ以上は、もういいでしょ」

 安藤はそれとなく、武藤の言葉を切った。

 那覇空港で浜比嘉が口走った焼酎の銘柄を、豊見城警察署の警官が覚えていたのだ。それをクラムシェルに聞かれた。それが情報漏洩の原因だと警察は分析していた。
 とにかく浜比嘉にいらぬ心配をさせてはならない、それほどに浜比嘉は重要な存在だった。

 “ピピッ”

 そのとき、武藤と安藤が付けているイヤホンに情報が入った。情整から支給された専用の端末からだ。ふたりは顔を見合わせ、うなずいた。

「皆さん、情報が入りました。これまでと違う暗号を使う部隊を確認した、とのことです。何かあれば、必ず私たちの指示に従ってください!」

 攻防戦第二幕の幕開けを告げる合図だった。


つづく

予告
 極秘のおとり作戦によってクラムシェルの襲撃を凌いだ日本警察。だがヒムカへ向かう浜比嘉らを乗せた観光バスは、何者かの追尾を受けていた。
 極秘作戦はなぜ漏れたのか?
 そして、攻防戦第二幕の幕を切って落としたのは、何者なのか?

 本当の戦いが、始まった。
 

おことわり
 本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
 本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
 字数約14万字、単行本1冊分です。

SF小説 三日間の箱庭

*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。

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