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三日間の箱庭(23)浜比嘉青雲(最終話)

前話までのあらすじ
 青雲がセッティングした喜屋武尚巴と麻理子の結婚式は、大きな盛り上がりを見せる。
 そこでは、佐久間信一と伊藤彩のロマンスも生まれ、麻理子の手紙と尚巴の挨拶は会場に大きな感動を呼んでいた。
 そして唐船どーいが高らかに響く中、長い長いふたりの1日が終わった。

 披露宴の後、麻理子の叔父、浜比嘉青雲がふたりに話すことは、世界の運命をも左右するものだった。


■浜比嘉青雲(最終話)
 5月29日、午前0時半。

 披露宴を終え、尚巴と麻理子、そしてふたりの親族は控え室に集まっていた。佐久間たち3人は、当然のように新郎新婦の友人たちの二次会に拉致されていた。3人とも午前の便で東京に帰るというが、この調子では午後便になるだろう。
 尚巴と麻理子はもう一泊することになっている。先祖への報告、つまり墓参りや親族一同での会食が予定されていたからだ。

「ふぅ、尚巴くん、麻理子ちゃん、お疲れ様」
 ふたりに声を掛けてきたのは、浜比嘉青雲だった。
「叔父さん、今日は本当にありがとう、叔父さんが全部やってくれたんでしょ?」
「あぁ、いいんだよそんなこと、いや、むしろやんなきゃな、叔父さん榛名に殺されちゃうよ」
 青雲は肩をすくめて妻の榛名の姿を探した。運良くそばにはいないようだ。
「しかし尚巴くんの挨拶には恐れ入った。これからずっと、ずっと助けるって、なんとも頼もしい婿さんだ。いや、もっと早くふたりはこうなるべきだったな!」
 今度は尚巴が肩をすくめる番だった。
「いやぁ、浜比嘉さん、麻理子はホントに出来る別格の幹部候補だったんで、俺みたいな落ちこぼれが話し掛けることも難しいっていうか」
「何言ってるの?尚巴さん、私はずっと前から尚巴さんのことが気になってました!」
「ホントか?全然分からなかったぞ?そうか、東大卒の麻理子が琉大卒の俺のことをなぁ」
「えぇ、だって私の直近の上司じゃない、一応」
「一応?なんかそれ!琉大を舐めてもらっちゃ困るぞ?」
「琉大の壁なんか、私は舐めたことありません」
「物理的にじゃないわ!!」

 アルコールが残る二人の他愛ない会話を微笑みながら見ていた青雲だったが、思いついたように話し出した。
「そうだ、二人とも、これからずっと続く3日間の話なんだけどな、それはもう、どうしようもないって思ってるだろ?」
 尚巴と麻理子は揃って青雲の顔を見る。
「浜比嘉さん、もちろん二人とも4日目があればって思ってます。でもそれはやっぱり、なぁ?」
「えぇ、叔父さん、私は明日の夜中にまた時間が戻って空中にいるのよ?どうしようもないって思ってるわ。こうして助けてもらって結婚までできた。それで十分だと思わなくちゃならないのに、もし4日目があるならって、そしたらふたりの子供もって、思っちゃう」
 青雲は深くうなずいた。
「そうだろう、僕たち夫婦には子供が出来なかったけど、やはり欲しかった。だから麻理子ちゃんは僕たちの子供みたいに思えるんだよ」

 青雲はふたりを見つめながら話を続ける。

「だからね、二人には教えておくよ。叔父さんの仕事は知っているかな?」
「理論物理学者、現代物理学会のエース、だった?」
「ははは、エースは冗談だが、叔父さんは物理学者で、この3日間の現象を研究しているんだ。それでな、実はユニットのひとりが画期的な理論を思いついてな、この3日間のループを破れるかもしれないんだよ」

 青雲の言葉に、ふたりは息を呑んだ。

「この事はまだ絶対に公表できない。分かるだろ?世界はもう、この3日間の中だけで動いている。利害関係だって生まれてる。あの宗教みたいなヤツとかな」
「クロスオブライツ・ムーブメント、クラムですね」
「そう、だから二人とも、この事は絶対に漏らしちゃ駄目だ。でもな、これを二人に教えるって事は、尚巴くん、麻理子の救出を失敗しないで欲しい、ってことなんだよ。つまりな、この実験をする事を世界に公表するタイミングが、その3日間の初日に戻った瞬間だって事なんだ。でないと実験が成功して4日目に行けたとき、3日間のうちに色んなとこに行ってしまった人や、何かの理由で死んでしまった人がそのままになるだろ?同じ事でな?もし時間が戻った瞬間に落ちる麻理子ちゃんの救出に失敗していたら?」

 尚巴と麻理子は顔を見合わせた。

「そうか、新田なんかアマゾンに行ったって言ってたからな。時間が戻らなきゃ新田はアマゾンに行きっぱなしになる。もし麻理子の救出に失敗したループが最後の3日間なら、もう麻理子を助けるチャンスは、ない」
 尚巴は緊張に震えた。
「なによ尚巴さん、そんな顔して。私を助ける自信がないの?」
「いや」
 尚巴の腹は据わった。
「必ず助けるさ。でももし、もしも一瞬遅れてやばいってときは」
「やばいってときは?」
「俺も飛んで麻理子を捕まえる。そして麻理子だけは助けるよ。俺が下になればいい」
 麻理子は青ざめた。
「駄目!!そんなことは!」
「ならないさ、絶対。その覚悟が出来たってだけだ」
 麻理子は何も言わず、尚巴の胸に顔をうずめて、泣いた。

 尚巴は青雲を向いて言った。

「浜比嘉さん、俺たちにこのことを教えてくれるって事は、研究はもう完成してるってことですか?」
 青雲は少し俯いたが、尚巴の目をまっすぐ見直した。
「ああ!3日間をあと何回かできっとな!びっくりするぞ?」
 その言葉に、尚巴は力強くうなずいた。


 5月30日の夜、時間が戻る直前。
 尚巴と麻理子、そして佐久間、伊藤、新田の5人と、彼らの行動に感化された数名が会社のフロアに集まっていた。メインで動くのは久高チームの4名、他はトラブルに備えてサポートしてくれる。麻理子を捕まえた尚巴と佐久間を支えるのに、伊藤と新田だけでは力不足だったから、ありがたい申し出だった。

 尚巴が皆に声を掛けた。

「みんな、集まってくれてありがとう。時間が戻ったらどうせみんなここにいるんだけど、やっぱりあらかじめここで構えていた方がいいと思うんだ。イメージがしやすいしな。それに麻理子も」
「はい、私はここに立つわ」
 麻理子は自分が通り過ぎる窓際に立った。あとわずかで麻理子は掻き消え、この窓の外を落ちていくのだ。
「みんな、いいな!あと5秒!!」

 そして時間が戻る瞬間、麻理子が叫んだ。
「助けて!あなた!」
 麻理子の姿が消えた。

「戻った!!」
 佐久間が叫んだ。同時に尚巴が窓に突進する。
「助ける!おまえ!」
 尚巴が叫んだ。

 今回も、久高チームは麻理子を助け出した。人数が増えた分、窓ガラスを割って麻理子を捕まえてしまえば、引き上げるのも容易だった。

「はぁ、はぁ」
 麻理子は青白い顔をしていたが、少し微笑んでいた。
「ぷぷぷっ!!」
 突然、新田が吹き出した。

「喜屋武さんったら、助けるおまえー!だって!!」

 暗かったフロアに、明るい笑い声が響いた。

■浜比嘉青雲編、終わり。

予告
 三日間の繰り返しという物理現象を解明すべく、世界中の理論物理学者が集結する。その名は、BSC。
 日本のユニットは、日本の最高峰といえる理論物理学者の面々。だが、ユニットの研究は行き詰まりを見せていた。そこで、浜比嘉青雲の思いつきからこれまでの研究を整理することになる。

 天才理論物理学者、藤間綾子編、開始。
 

おことわり
 本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
 本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
 字数約14万字、単行本1冊分です。

SF小説 三日間の箱庭

*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。

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