映画スラムダンクのほんのちょっとしたネタバレを含む話
傑作だった映画スラムダンクで、リョータが流川に、「そういえばおまえとしゃべるの初めてだな」と言う場面があって、同じ部活のレギュラーで全国大会まできててそんなことある?と一番笑えた場面だった。でも確かに漫画本編でも試合外で二人がしゃべってる場面は思い出せないし、それを知るファン向けの若干メタ的なサービスシーンにもなっていた。映画スラムダンクは基本的に、漫画原作を全く知らなくても楽しめるように作られており、ファンだけに向けたサービス的要素は極力抑えられている。そしてそれは正しく成功している。それだからこそ、そのサービス的なセリフは心にのこった。そしてここにスラムダンクの素晴らしさの本質が隠れていると思う。つまりリョータと流川は同じ高校の1年と2年ではあるが、ふつうに暮らしていたら全く喋らないし、接点をもたない二人なのである。これは他の湘北高校バスケ部のメンバーにも言えて、ゴリも三井もリョータも流川も桜木も、バスケがなければ、目も合わせずにまったく別のクラスタで生活し、対立することこそあれ、基本的には交わらない人々であると考えられる。性格やキャラクターが違うし、実際に描かれているようにバスケ部で接点をもったことで、三井とリョータは対立し、流川と桜木もまた対立している。そういった交わらないはずの5人が(メガネくん並びに控えの面々もいるがここではわかりやすく5人に話を絞ろう)”偶然”同じ高校のバスケットボール部にあつまっただけなのだ。それが、本気で練習し、他の本気でやってるチームと真剣にバスケットボールの試合をすれば、心をひとつにすることができる。それはめちゃくちゃに格好良いし、美しいし、感動的なことなのだ。それは高校生の部活のひとつの試合にすぎないが、選手生命をかけるに値したわけだし、人生のピークになりえるものだったのである。繰り返しになるが、友達同士で集まったのではない。偶然の出会いが集めた交わらないはずの5人が、しかも落ちこぼれや腫れ物のような5人が、言葉なしに瞬間的に目だけで会話し、勝利のために心をひとつにするのである。それは奇跡的なことである。だから桜木と流川のハイタッチはジャンプ紙にのこる名場面なのだ。そして今回映画で明かされたリョータの過去のように、選手ひとりひとりにバスケットボールをやるにあたる物語がある。そういった各人の背景の物語の結晶としての試合であるから、見るものを巻き込んで心をゆさぶるのである。その美しさをスラムダンクは教えてくれる。
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